第四章 手紙の返事
『分け闇の箱』第四章です!
第四章から、主人公の運命は大きく動いていきます。
お楽しみ頂ければ幸いです。
引越しを決断してからの、ヒル氏達の動きは早かった。保身の為に家族一丸となり、たった1日で荷物をまとめてみせた。
彼らは、新しい家に目星がついていた。最初は別荘に向かおうかとなったが、自分達の家や別荘は名家故に有名であり、別の場所に隠れた方が良いと判断したヒル氏によって中止し、第三の家に行くことにした。
第三の家とは、ヒル氏が逃げ場所として買い取っていた、今の家から遠く離れた、海岸沿いに建つ古い家だった。一応、電気や水道は通っているものの、まさか本当に使うとは考えていなかったので、住み心地は重視しておらず、ヒル氏の家の屋根裏を少し広くしたような家だった。
当然、そんな家での暮らしは、バンの反感を買った。彼は頻繁に癇癪を起こして、別荘に移らせろと要求した。彼の要求は、今まで通らなかったことは無かったが、今回ばかりは違った。バンの癇癪なんかより、魔法騎士達団による制裁の方が、ヒル氏夫婦は怖くて堪らなかったのだ。
その日、大きな暖炉の前で、三人は寄り添いながら話していた。これ以上無いほど黒く、暗い夜のことだった。「…ねぇ、私怖いわ。相手は、魔法騎士団よ?手紙に返事をせずにしばらく経っているし、私達が逃げていることなんか、きっとお見通しよ。いずれ、チームを組んで私達を罰しに来るわ!」と、アサはヒステリックに叫んだ。それに呼応して、バンの貧乏ゆすりが激しくなっていく。
ヒル氏は、落ち着かない二人に諭した。「大丈夫さ。魔法世界にとって、大事な『分闇の箱』を取り返しに来るなら、きっと、団体で来る。魔法騎士達団が活発に動くようになれば、まず噂になるだろうからな…来る前に逃げられる。それに、腐っても私は封印師、ただの人間じゃなく力を持っている。いざって時も、逃げるくらいなら出来…」
「…ずいぶん舐められたもんだな?」
暖炉の火と、灯りが消えた。暗闇の中から、冷たい聞いた事がない男の声が聞こえた。確かに、家に鍵は掛けているはずで、扉が開いた音も、何かが壊れた音も聞こえなかった。普通の人間なら、絶対に入るなんて無理だ。…なら、この声は普通の人間のものじゃない!
「…逃げろ、二人とも!私がなんとか…」
「アイス」男が唱えた。すると、三人の身体は顔を残して氷つき始めた。冷たい氷が身体を固めて動けず、寒さで体温が奪われ、手足の感覚が無くなっていく。寒さと死を感じて、三人はガタガタ震えた。
男は、ゆっくりと闇の中から暖炉の前に姿を現した。白い顔を白い髪が縁取り、目が燃えた火ように赤い、とても美しい青年ー魔法騎士のアイスだった。
アイスは、ヒル氏の前で立ち止まり、視線を後ろにやって、言った。「俺達の宝物を返してもらう」
ヒル氏たちは、顔を強張らせた。木箱は、暖炉の横に置いてあった。『ハコ』の場所は、バレてしまっているようだった。アイスは部屋の明かりをつけ、三人の横を通って、木箱の前にしゃがみ込み、ゆっくりと開いた。そして、中を見て驚愕した。
中には、痩せ細った小さな男の子が、膝を抱えるようにして横になっていた。長い髪には虱が湧き、見えている肌は汚く、痣や傷があちこちにあった。少しでも、木箱から出したら見つかるのではないかと、村にいた時よりも放置され、バンのストレスの捌け口にもなっていたその子は、誰がどう見ても、「大事にされた事がない子」だった。
その子は、アイスの険しい顔を見て怯え、顔を青くした。アイスは、何とか微笑んで見せ、箱から抱き上げて出し、目を見つめて言った。「大丈夫、迎えに来たんだよ。今まで、ごめんな… ウインド」
それを聞いた男の子は、不思議そうな顔をしてアイスを見つめた。まさか、と思ったアイスは試しに言った。「…ハコ?」男の子は、頷いた。そうだよ!と、とても嬉しそうな顔で。
アイスは、ハコを抱きしめ、ちょっと待ってな、と言って振り返った。その顔は怒りに満ち溢れ、頬は赤く、目は吊り上がり、口はわなわなと震えていた。その口をキュッと結んだ後、アイスは怒鳴った。
「お前ら!この子に今まで何をしてきたんだ!」
アイスの言葉は、覇気を纏い、凍ったヒル氏達は、振動で震えた。少しだけ氷にヒビが入る。ピキ。
「なんで、こんなに小さくて痩せてるんだ!なんで、話せないんだ!なんで、肌が汚くて傷だらけなんだ!なんで、髪に虱なんているんだ!なんで、なんで…」
アイスが叫ぶたびに、ヒル氏達の氷が割れていく。その度に、ヒル氏たちは悲鳴をあげた。ただ、完全に割れることは無かった。アイスは顔を片手で覆い、口を閉ざした。後悔の涙が溢れて止まらず、もう叫べ無かった。最後に、アイスは振り絞るような声で呟いた。「… なんで、唯の名称の『箱』を、名前だと思ってるんだ…なんで、俺達はお前らなんかに…」
親友達の子が、酷い目に遭っているのを、アイスは来る前から知っていた。ラススヴェート学園への入学についての手紙は、触れた相手が『分闇の箱』達を、どう思っているのか分かる魔法で作られていた。それが、返事の代わりだった。ヒル氏達が手紙を読んだその日、魔法騎士団は自分達の過ちを知り、すぐにラススヴェート学園で保護する為、アイスを迎えに出したのだ。
アイスは、親友達の子を抱き上げた。嘘みたいに軽かった。一応、ヒル氏達が死なないよう、暖炉に火をつけ、アイスは、男の子を連れて行った。こうして、この物語の主人公は、狭い運命から救われた。そしてこれから、広い運命を全うすることになる。
主人公の名は、ハコ。『闇の王』の力を、分けて封印する為に錬金術師夫婦によって作られた『分け闇の箱』という名称の、五人のホムンクルスの一人。
そして五人で唯一の、ラススヴェート学園入学者である。




