第三章 ヒル氏の誤算
『分闇の箱』第三章です。
かつてヒル氏が任務を依頼されてから早12年。
魔法騎士団からの手紙が、ヒル氏達の元に届きます。
お楽しみ頂ければ幸いです♪
「おい、バン。『ハコ』の掃除はしたのか?」
ヒル氏は、息子に対して質問した。問われたバンー真っ赤な良く熟れたトマトに小さな目と、笑うと耳まで届く長い口をつけたような顔の少年ーは、眉間に皺を寄せながら、太々しく「まだ、してないよ」と答えた。「お願いだから、もう僕に任せないで、お父さんがやってよ。掃除するの、結構大変なんだよ」
「お前が一々丁寧に湯なんて用意するからだろう。汚れが目立たないように、雑巾で拭き取ってやれば良いんだよ。俺はお前に任すまで、そうしてた。手を抜けるところは抜くのが、一流の男だ」
「ならさ、もう掃除も辞めたら良いんじゃ無い?『ハコ』、ほとんど外に出さないから、あんまり汚れて無いしさ。やらないって選択をするのも一流の男だと思うんだけど」
「ダメだ、一応『ハコ』は外に出す日もあるんだからな。まぁ、遠い場所にいる村人達が崇めに来るだけだから、多少汚くても気づかれんとは思うが… それに、習慣づけてないと掃除しなくなるだろ。ほら、どうせ暇だろう。雑巾やるから、拭いてこい」
ヒル氏から雑巾を渡されたバンは、あそこ行くの嫌だんだよな…と呟きながらしぶしぶ立ち上がり、『ハコ』のところへ向かった。
そこは、ヒル氏達の家の屋根裏だった。屋根裏というのは、大抵薄暗く、様々な連想を秘めた楽しい場所で、時には冒険の始まりの舞台にもなるようなところだが、ヒル氏達の屋根裏は違った。真っ暗な空間がどこまでも広がり、何か胸をときめかせる物は他にも感じられなかった。蜘蛛が網を張り、床板は腐り、板の穴には名前も分からない虫が蠢いていた。とても長居したくなるような場所では無かった。
『ハコ』は、そんな場所に唯一置かれた、小さな木箱の中に封じられていた。バンは、蜘蛛の巣や虫に怯えながらも辿り着いた木箱の鍵を開け、中の『ハコ』を出し、自らの運命を呪いながら、持ってきた雑巾で乱暴に拭き始めた。
「お前が家に来てから、碌なことがないぜ」と、バンは言った。「封印師じゃないやつが封印した、いつ封印が解けて力が解放されてもおかしく無いものを、預かった人間のことを考えてみろよ。毎日恐怖に怯えながら、それでも管理はしないといけない。みんな嫌がって仕事の押し付けあいだ。… 本当にいい迷惑だよ」
バンは、力をだんだんと強めながら拭き続けた。摩擦によって、『ハコ』は削られていく。「お前なんか、『闇の王』の力と一緒に消えた方が、世のため、人の為なんだよ」ゴシゴシ、ゴシゴシ…「悔しいんなら、なんか言えよ」ゴシゴシ、ゴシゴシ…。
『ハコ』は、何も言わない。言う術を知らない。
ヒル氏が『分闇の箱』のうちの一つを預かった日から12年経つが、預けられた『ハコ』は、ヒル氏達家族に大事にされたことがなかった。普段はずっと木箱に封じられ、たまに出されても雑巾で拭かれるか、消えろなどといった恨みの言葉を吐かれた。万が一封印が解かれた場合を恐れて、ヒル氏やその妻が『ハコ』に乱暴をすることは無かったが、バンだけは、怒りで我を忘れて暴力を振るった際に、特に何もなく、以降どんな暴力を試しても何の問題もないと気づいて、ヒル氏や母にバレないように気をつけながら、「見えない暴力」で『ハコ』を今みたいに傷つけ続けていたー12年間もである。
バンが気をつけなくても、恐らくヒル氏達がそれに気づくことは無かっただろう。彼らはただ、『ハコ』のことを恐れ、『ハコ』を自分達から遠ざけたくて必死だった。封印が解かれる事が無く日々をこなせるなら、『ハコ』がどんな風になろうが、どうでもよかった。彼らは、無関心であり続け、大事にしてやってくれという、魔法騎士団の願いを無碍にし続けていたのである。
預かった物をどう扱うかは、こっちの自由だろう。
屋根裏の下の部屋で、バンが何をしているかを知らず、コーヒーを啜りながらヒル氏は考えた。なんなら、魔法騎士達団達も、12年もほったらかしにしているんだ。カッコつけて大事にしろと言っていただけで、いい厄介払いが出来たとでも思っているんだろう… 全く、良い気なも…
「あなた!」ヒル氏の脳内悪口は、部屋に飛び込んできた妻ーバンの容姿に、チリチリパーマをあてがった女性ーアサによって遮られた。「これを読んで!」
アサが持っていたのは、一枚の手紙だった。手紙には、こう書かれていた。
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親愛なるヒル氏へ
12年の間、我々の宝物を大事に預かってくださり、誠にありがとうございます。今後の我々の宝物の未来について考えて頂きたく、お手紙を書かせて頂きました。
我々魔法騎士達団は、我々の宝物達が魔法世界で、我々の庇護下の元、安全に暮らすことが出来る仕組みを模索し続け、それを実現致しました。『闇の王』の復活を目論む残党達を全て捕らえ、万が一封印が解かれても、すぐに封印出来る空間で作り出した、新たな魔法騎士育成学校ーかのロイ=ウェルに居た、伝説の絶対王の名を拝借した、『ラススヴェート学園』を創立致しました。
12年前に我々の宝物を預けた日、宝物達の両親についてや、魔法世界について話して育てるようご依頼致しました。もし魔法騎士に憧れ、目指しているようならば、入学希望の返事を出してください。入学式で会えるのを楽しみにしています。
今の世界や家族との暮らしを続けたいと思う子もいることでしょう。そのようなら、そのようにご返信ください。ポッと出の我々なんかより、今まで大事にしてきてくれた家族の方が、みんな大好きでしょうし!
ただ、私達もみんなと会いたくて堪りません。ご都合の良い時に合わせますので、会いに行って大丈夫な日を合わせて教えてください。人間界にこちらから行かせて頂きます。
ご返信、お待ちしております。
魔法騎士団一同代表
魔法騎士団団長兼ラススヴェート学園校長
ジェム・アーラン・シート
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読み終えたヒル氏は、途方に暮れた。またしても、ヒル氏の日常は壊れた。なんという誤算だ、今の『ハコ』に会わせたら、今まで我々が大事にしてこなかったことがバレてしまう!ヒル氏は、手紙を破り捨て、近くで固唾を飲んでいたアサに言った。
「手紙は無視だ!我が家の住所も割れている。すぐに引っ越しの用意をしろ!」




