第83話 危機も残る
白曜宮・協議院議場。傍聴席が埋まっていた。商会の代表が並び、後方にノルディアの使節が二人座っている。数字の話をする議会に、これだけ人が来るようになった。
それ自体は、良いことのはずだった。
「クラウゼン領主より、議案の提出」
ガイウスが読み上げる。
「解釈の公開、および地方分析官の設置」
私は立ち上がった。
「二条です」
条文を読み上げる。時間はかからなかった。短い制度は、読むのも短い。最初に手を挙げたのは、中央官僚の一人だった。
「第一条について」
「どうぞ」
「解釈をすべて公開すれば、助言はためらわれます」
彼は言った。
「間違えたときに、記録が残りますので」
「ええ」
私は答えた。
「ためらう助言なら、書かない方がよいのです」
議場が、わずかにざわめいた。
「数字は、間違えても公開されています」
私は続けた。
「解釈だけが守られている理由は、ありません」
彼は座った。次に、ヴァルテン伯が立った。
「私は第二条に反対する」
「理由を」
「地方に読む者を置けば、また七つの声が戻る」
彼は言った。
「議論が増える。決まらなくなる。遅くなる」
「はい」
私は認めた。
「遅くなります」
「認めるのか」
「認めます」
議場が静かになった。
「遅い方が良い、と申し上げるつもりはありません」
私は言った。
「ですが、速い制度が一度間違えたとき、止める者がいません」
「間違えん」
ヴァルテン伯は言った。
「中央の読みは、この三期、一度も外していない」
そのとおりだった。だから、私はここで数字をやめた。
「一つ、読み上げてよろしいですか」
私は、古い議事録の写しを開いた。公開監査の日の記録だ。議場の空気が、少し変わった。その日を知らない者は、この場に一人もいない。
「四年前、この宮の大議場で、ある男がこう言いました」
私は読んだ。
――市場は残る。
――資金は残る。
――そして危機も残る。
――その時。
――君たちはどうする。
長い沈黙。誰も動かなかった。傍聴席の商人たちも、身じろぎ一つしなかった。
「私は、こう答えました」
私は議事録を閉じた。
「制度で守る、と」
「あの男は、理想主義者だ、と言って議場を出ていきました」
私は議場を見回した。
「彼は罰せられていません。私が罰さなかったからです」
「構造を暴けば十分だと考えました」
「今でも、そう考えています」
「ですが、あの日の私の答えは、宣言だけでした」
私は言った。
「四年のあいだ、一度も試されていません」
「危機は来ませんでした。市場も、資金も、静かなままです」
私は、条文の紙を持ち上げた。
「今、その答えを出します」
議場は、静まり返っていた。ヴァルテン伯は、腕を組んだまま何も言わなかった。そのとき、レオンハルトが立ち上がった。議場の視線が動く。
「反対はいたしません」
彼は言った。ざわめきが起きた。
「第一条は、私の制度の欠けを埋めるものです。賛成します」
「第二条は」
ガイウスが聞いた。
「一つだけ、伺います」
彼は私を見た。
「五年後、地方分析官の読みが、中央より下手だったとき」
沈黙。
「あなたは、どうなさいますか」
議場が静まる。一番痛いところを、正確に突いてきた。
「そのときは」
私は答えた。
「下手な読みが、議事録に残ります」
「損失が出ます」
「出ます」
「それでも、ですか」
「はい」
私は言った。
「下手な読みが残ることが、この制度の目的です」
「読み違いが記録に残る国では、二度目の読み違いは減ります」
「残らない国では、減りません」
レオンハルトは、しばらく私を見ていた。そして、静かに頷いた。
「承知しました」
彼は座らなかった。
「議長」
「なんだ」
中央官僚の一人が、先に口を開いた。
「大きな案件です。採決は次の議会に――」
「いえ」
レオンハルトが遮った。議場が、彼を見る。
「本日、採決を」
採決は、その日のうちに行われます。




