第82話 読む力を配る
王都・中央記録院。窓の小さな部屋に、三人分の椅子を入れた。マリアが紙を広げ、セルマが帳簿を退けて場所を作る。私は、書きかけの一枚を机に置いた。
「二条だけです」
「二条」
マリアが繰り返した。
「短い制度は、たいてい良い制度です」
私は言った。
「一つ目を読みます」
紙を指でたどる。
――中央が地方へ出した解釈は、すべて同じ日に公開の場へ置く。
「解説を、禁じないのですか」
マリアが聞いた。
「禁じません」
私は答えた。
「解説は、良いものです」
「ですが」
「良いものが一方向にしか流れないことが、問題なのです」
私は続けた。
「誰が、どの領に、いつ、何を助言したか」
「それが数字と同じ場所に残れば、助言は独占ではなくなります」
セルマが、そこで口を開いた。
「その条なら、あの方は反対しません」
「ええ」
「むしろ、賛成します」
「そうでしょうね」
私はそこで一度、言葉を切った。
「反対されない条を出すのは、これで二度目です」
沈黙。
「二つ目を」
マリアが促す。私は二枚目をめくった。
――各領に、公開数字を読む者を置く。
「地方分析官と呼びます」
「人数は」
「まず、一領に一人」
「育てるのは」
「中央です」
マリアが顔を上げた。
「中央が育てるのですか」
「ええ」
「それでは、中央の読み方になります」
「なります」
私は認めた。
「ですから、三つ付けます」
紙の余白に、私は指で線を引いた。
「一つ。任命は地方が行う」
「二つ。教材は、公開する。誰でも同じもので学べるようにする」
「三つ」
私は少し間を置いた。
「分析官の読みが中央の解釈と食い違ったとき、両方を議事録に残す」
長い沈黙。セルマが、静かに言った。
「三つ目が、要です」
「ええ」
「食い違いが記録に残るなら」
彼女は言った。
「読まれなかった正しさが、無かったことにはなりません」
私は頷いた。その一行は、彼女の話を聞いてから書いた。
「費用は」
マリアが聞く。
「初年度、銀貨千八百枚」
「……安いですね」
「人一人ぶんの給金と、紙代です」
私は言った。
「四千二百枚を一度失うより、安く済みます」
マリアは黙って数字を書き留めた。
「一つ、伺います」
やがて、彼女は言った。
「育つまでに、何年かかりますか」
「五年です」
「その五年は、どうなさいます」
そこだった。そこが、この案の唯一の弱点だった。そして、答えはもう決めていた。
「解説を、続けます」
マリアの手が止まる。
「廃止しないのですか」
「しません」
私は言った。
「五年のあいだ、地方は中央に教わり続けます」
「それでは、今と同じです」
「同じではありません」
私は紙を揃えた。
「教わっている間、誰が何を教えたかが、全部残ります」
「そして五年後には」
「教わらずに済む領が、七つ増えています」
マリアは、しばらく紙を見ていた。
「一つ、申し上げてもよろしいですか」
「どうぞ」
「これは、あの方を止める案ではありませんね」
私は、小さく笑った。そのとおりだった。この二条は、レオンハルトの制度を一行も削らない。彼の解説は明日も届くし、彼の速さは私の五年より速いままだ。
「止めません」
私は言った。
「並べます」
セルマが、紙の束を私の方へ押した。七領ぶんの配信記録。あの日、彼女が渡してくれたものだ。
「一つだけ、申し上げます」
彼女は言った。
「どうぞ」
「これは、新しい制度ではありません」
私は彼女を見た。
「あなたが、クラウゼンでなさったことです」
沈黙。そうだ。帳簿を公開して、読める者を育てた。マリアがそうだった。ユリウスがそうだった。そして、彼女がそうだった。村では、読める者が三人になっていた。
私は、それを国家の大きさでやり直すだけだ。
「明日、出します」
私は言った。窓の外は、まだ明るい。
――議場で通らなければ、この五年は始まらない。
議場で持ち出すのは、かつて言われた言葉です。
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