第80話 だから中央だ
白曜宮・協議院議場。その報告は、議題の三番目に置かれていた。三番目という位置が、すでに答えのようなものだった。大事ではない、という扱いだ。
「南方グランディア領より、損失の報告」
ガイウスが読み上げる。
「塩の先渡し契約について、納期不履行。違約金の支払い」
「額は」
中央財務官が聞いた。
「銀貨、四千二百枚」
議場が、低くざわめいた。バルツが三年かけて抜いた額の、二倍近い。それを、一つの領が一期で失った。南方グランディアの代表が立ち上がる。日に焼けた、痩せた男だった。
「事情を申し上げます」
彼の声は落ち着いていた。落ち着きすぎている、と私は思った。
「今期、我々は塩田の拡張に踏み切りました」
「根拠は」
「配信された数字です」
彼は紙を掲げた。
「需要は伸びていました。読み違えてはおりません」
「では、なぜ」
「船です」
「ノルディアへの穀物輸出が二割増えました」
彼は淡々と続けた。
「港の積み枠が、穀物に回りました」
「……塩が、出せなかったのですね」
「はい」
「積み枠の逼迫は、数字に出ていましたか」
「出ていました」
彼は言った。
「三枚目の、下から四行目に」
議場が静まる。
「我々は、そこを読みませんでした」
誰も、次の言葉を継がなかった。ヴァルテン伯が、ゆっくりと腕を組み直した。その音だけが、議場に響いた。
「解説は」
彼は聞いた。
「申請しておりません」
「なぜ」
「塩のことは、我々の方が詳しいと考えておりました」
「詳しかったのだろう」
ヴァルテン伯は言った。
「塩については、な」
代表は、何も答えなかった。答えられなかった。ヴァルテン伯が、議場を見回す。
「同じ期に、解説を受け取っていた領は」
中央財務官が答える。
「三領です」
「その三領の損失は」
「ございません」
「一件もか」
「一件も」
沈黙。ヴァルテン伯は、私を見た。初めて、まっすぐに。
「エリス・フォン・クラウゼン」
「はい」
「先の議会で、あなたはこう言った」
彼は議事録を持ち上げた。
「地方が中央の解釈に沿って判断するなら、議決は採決の前に決まる、と」
「申しました」
「では聞く」
彼の声は、怒鳴っていなかった。怒鳴られた方が、まだ楽だった。
「読まなかった領が四千二百枚を失い、教わった領が一枚も失わなかった」
沈黙。
「これは、どちらの制度の成果だ」
私は、答えられなかった。数字が、私の側になかったからだ。
「私は昔から同じことを言っている」
ヴァルテン伯は言った。
「読める者が読む。それが中央だ」
「だから、中央管理が正しかったのだ」
議場は静かだった。反論の声は、一つも上がらなかった。地方代表の何人かが、目を伏せている。私は、その伏せ方を知っている。助けを求めない伏せ方だ。そのとき。
レオンハルトが立ち上がった。議場の視線が、そちらへ動く。
「一言、申し上げます」
彼は言った。
「本件は、私の落ち度です」
ざわめきが起きた。
「解説の申請は、領からの申し出を待つ形にしてあります」
彼は続けた。
「必要な領ほど、申し出ないことがある。そこまで設計していませんでした」
「制度を、改めるということか」
ガイウスが聞く。
「はい」
レオンハルトは頷いた。
「未申請の領には、こちらから声を掛けます」
正しい。完全に、正しい。そして、その正しさが、いま議場のすべてを終わらせた。彼は勝ち誇らなかった。謝った。謝ったうえで、届く先を七領すべてに広げた。三領が、五領になる。
やがて七領になる。私は資料の端を、指で押さえていた。言うべきことは、たくさんあった。読む力を配るべきだ。解釈にも公開義務を課すべきだ。
だがそれを今ここで言えば、四千二百枚を失った男の前で、理屈を並べることになる。彼は、私の側の領の代表だった。
「クラウゼン領主」
ガイウスが、静かに言った。
「何か、あるか」
議場が、私を見ている。
長い沈黙。
私は、口を開いた。
「一つだけ」
声が、思ったより低く出た。
「私が、間違えたのかもしれません」
議場が、どよめいた。
その言葉のあとで、彼女に会いに来る人がいます。
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