第77話 同じ言葉
白曜宮・中央監査室。夜の白曜宮は、昼より広く感じる。人が減ると、廊下の長さが正直になるからだ。明かりの点いた部屋は、その一室だけだった。私は扉を叩いた。
「どうぞ」
中には、レオンハルトが一人でいた。机の上に紙。壁際にも紙。椅子は二脚。六年前、彼が私の執務室を訪ねてきた夜と、立場だけが入れ替わっている。
「少し、話を」
私は言った。
「公式ではない形で」
彼は一瞬だけ手を止めて、それから頷いた。
「どうぞ」
私は椅子に座った。窓の外に、王都の灯りが低く広がっている。
「率直に伺います」
私は前置きなく言った。
「あなたは、何をしようとしているのですか」
「国家を壊れにくくします」
即答だった。私も、少し前に同じ答え方をしたことがある。
「方法を」
「判断を、判断できる者に集めます」
沈黙。
「地方に判断を配ると、判断の質が揃いません」
彼は続けた。
「揃わない判断は、危機のときに国家を割ります」
「割れた経験が、おありですか」
「あります」
彼は淡々と言った。
「六年前、私はこの国が二つに割れるところを、報告書の中で三度見ました」
私は黙って聞いた。
「三度とも、割れ方が違いました。中央と地方。地方と地方。そして軍と、その両方と」
「実際には割れませんでした。あなたが制度を間に合わせたからです」
「では」
「ですから、私はあなたの設計を信じています」
彼は紙を一枚めくった。
「信じているからこそ、次は間に合わせなくて済むようにしたい」
一瞬の沈黙。私は、この男を悪人だと思えなかった。思えないことが、この件のいちばん厄介なところだった。
「一つ、確かめます」
私は言った。
「あなたは、私腹を肥やしていますね」
「いいえ」
「地方から金を取っていますね」
「いいえ」
「解説の見返りに、票を求めましたか」
「一度も」
「求める必要が、なかったからですか」
彼の答えが、そこだけ一拍遅れた。
「はい」
私は膝の上で指を組んだ。
「私は、読む力を配ろうとしています」
私は言った。
「あなたは、判断できる者に判断を集めようとしています」
「そうです」
「同じ目的で、逆のことをしています」
「そうです」
彼は否定しなかった。
「どちらが速いかは、もう出ています」
そのとおりだった。
彼のやり方は、来月には効く。私のやり方は、五年かかる。
その五年のあいだに、飢饉が来る。あるいは国境が動く。どちらも、待ってはくれない。そのとき「今年から人を育て始めました」と答える領主を、私は擁護できない。
彼はそれを分かっていて、急がせない。急がせる必要がないからだ。
「あなたが正しかったから、私は勝てるのです」
彼は静かに言った。
「あなたが公開しなければ、集める対象そのものがありませんでした」
沈黙。
――設計者が、自分の設計に裁かれる。
そう言われたのと、同じことだった。
「一つだけ、申し上げます」
私は立ち上がった。
「あなたは、私の味方ではありませんね」
「はい」
彼は即答した。そして、こう続けた。
「ですが、国家の味方です」
私は、動けなかった。その言葉を、私は知っている。
――ですが国家の味方でしょう。
数年前の王都で、背を向けた男に、私がかけた言葉だ。あのとき私は、味方でない者にも国家のためなら手を貸せると信じていた。信じたから、そう言った。その物差しを、いま彼が使っている。
正しく、寸分の狂いもなく。
「……ええ」
私は、それだけ答えた。否定できなかった。否定すれば、あの日の私も否定することになる。扉の前で、私は足を止めた。
「レオンハルト殿」
「はい」
「あなたに、忠告をします」
彼が顔を上げる。六年前と、向きが逆だった。
「あなたの制度は、正しく動いています」
私は言った。
「ですから、誰も止められません」
「ええ」
「止められない制度は」
私は扉を開けた。
「間違えたとき、誰も気づけません」
次話は、彼の側から見た議場です。




