第75話 違法性はありません
白曜宮・協議院議場。議題は、私が出した。
「配信制度の運用について、報告を求めます」
視線が集まる。ガイウスが議事録に印をつけた。
「クラウゼン領主より、動議」
「どうぞ」
私は資料を配った。
七領ぶんの配信記録。解説の申請状況。そして、隣接領の貸付条件と、その決定時期。
紙が回っていく音だけがした。告発の形は取らなかった。告発には相手がいる。相手がいる話は、人物の話になる。人物の話になった瞬間に、この件は終わる。
私はそれを、六年前に教わっている。だから数字だけを並べた。
「数字の配信は、七領すべてに届いています」
私は言った。
「同じ日に、同じ量が。制度は正しく動いています」
「では何が問題だ」
ヴァルテン伯が言う。
「解説です」
私は続けた。
「解説を申請した領と、しなかった領で、判断の速さに差が出ています」
「申請すればよかろう」
「そのとおりです」
私は認めた。議場が、少しざわめいた。
「では、話は終わりだ」
「終わりません」
私は言った。
「申請した領は、判断を中央から受け取っています」
沈黙。
「三領が、去年から続けて受け取っています」
「それの、どこが問題なのか」
中央官僚の一人が言った。
「速く、正しい判断が地方に届く。制度の目的そのものだ」
そのとおりだった。だから、私は数字で言うしかない。
「協議院の議決は、中央七、地方七です」
議場の空気が、わずかに変わった。
「地方のうち三領が、中央の解釈に沿って判断するなら」
私は言った。
「議決は、採決の前に決まります」
長い沈黙。ヴァルテン伯が鼻を鳴らした。
「憶測だ」
「はい」
私は否定しなかった。
「今のところは、憶測です」
「なら議題にならん」
「ですから、報告を求めています」
ガイウスが、初めて口を開いた。
「エリス殿」
低い声だった。
「この半年の議決を、私も数え直した」
議場が静まる。
「配信制度の可決以降、地方側で票が割れた案件は、ない」
ざわめきが起きた。
「ゼロだ」
ガイウスは淡々と言った。
「私は議事進行役だ。数えるのが仕事だからな」
私は彼を見た。この老人は、私より先に気づいていた。
「では、大宰相」
私は聞いた。
「これは、正されるべき事態でしょうか」
ガイウスは、しばらく黙っていた。そして、慎重に言葉を選んだ。
「事態ではあるな」
「ですが」
「違法性は、見当たらない」
沈黙。その一言が、議場に落ちた。
――違法性は見当たらない。
数年前、私は同じ言葉を、こちら側から使われたことがある。若い監査官だった。目の冷たい男だった。信用証書制度に拡張禁止の縛りをかけて、彼はこう言った。合法的な安全措置です、と。
あのとき私は、制度は使い分けるものです、と答えた。今度は、私が言われる側だった。レイスが、腕を組んだまま低く言った。
「軍は、票を一つしか持っていない」
議場が、そちらを向く。
「地方が割れなくなったなら、我々の一票も、もう均衡には効かん」
誰も答えなかった。軍が黙るときは、たいてい正しい。
「議事を進める」
ガイウスが言う。
「報告は記録に残す。措置は取らない」
異議は出なかった。私も出さなかった。出せる根拠がなかったからだ。会議が終わる。人が議場を出ていく。私は資料をまとめながら、最後の一枚を見ていた。三領。数字は、まだ小さい。
「よろしいですか」
顔を上げると、レオンハルトが立っていた。手には、私が配った資料がある。
「読みました」
彼は言った。
「正確です。一か所も間違っていません」
「ありがとうございます」
「一つだけ、申し上げます」
彼の声は静かだった。
「私は、規則を曲げていません」
「存じています」
「解説は、求められたから出しています」
「存じています」
「求めない領には、出していません」
「ええ」
返事は、すぐには来なかった。レオンハルトは、資料を私に返した。
「あなたが作った制度です」
そして、こう言った。
「私は、あなたの制度に従っているだけです」
合法だと言われた側が、次に会いに行く相手がいます。




