第74話 読める者
クラウゼン領・領主館の執務室。三日かけて、配信の記録を集めた。協議院の事務方に写しを請求すれば、届く。制度どおりだ。拒まれることも、遅れることもなかった。
机の上に、七つの束が並んでいる。地方代表を出している七つの領。その一つ一つが、この半年に何を受け取ったか。
「まとめました」
マリアが紙を置く。
「数字の配信は、七領すべてに届いています」
「日付は」
「同じ日です。一日の差もありません」
制度は、正しく動いている。
「解説の申請は」
マリアが、二枚目をめくった。
「五領が、申請しています」
沈黙。
「申請していないのは」
「うちと、南方グランディアです」
私は指を机に置いた。
――五領。
七つのうち五つが、中央に読み方を尋ねている。
「不自然ですか」
マリアが聞く。
「いいえ」
私は答えた。
「自然です」
そこが厄介だった。解説は無料で、正確で、早い。使わない理由の方が少ない。
「南方は、なぜ申請していないのですか」
「塩の値だけを見ているからでしょう」
私は言った。
「グランディアは塩の領です。塩の値なら、自分たちの方が中央より詳しい」
「では、うちは」
「読めるからです」
言ってから、その言葉の据わりの悪さに気づいた。読めるから、教わらない。教わらないから、遅れる。
「マリア」
「はい」
「解説の中身を、見たことはありますか」
マリアは首を振った。
「申請していませんので」
「取り寄せられますか」
「公開資料です。写しは、誰でも」
翌日、束が届いた。私は最初の一枚を開いた。そして、その質に少し驚いた。
数字の要約がある。前年との差がある。差が生まれた理由の候補が、三つ並んでいる。候補には、それぞれ確からしさの順位が振ってある。
書いた者は、断定を避けている。避けたうえで、読む側が迷わないように並べてある。そして最後に、一行。
――以上を踏まえ、当該四半期は買い付けの前倒しが妥当と考えられる。
助言だ。命令ではない。従う義務も、報告の義務もない。
「……これは」
マリアが、紙の端を持ったまま止まっている。
「よく書けています」
私は言った。
「ええ」
「私が書いても、これ以上には書けません」
沈黙。そこが、この制度の芯だった。正しいのだ。正確で、親切で、無償で、期日どおりに届く。受け取った側は、判断が速くなる。速くなった判断は、実際に領を潤す。
一度でも潤えば、次も申請する。
「マリア」
「はい」
「五領のうち、去年から続けて申請している領は」
「三領です」
三。私はその数字を、紙の隅に書いた。協議院の議決は、中央七、地方七。決を分けるのは、いつも地方の側の割れ方だった。
「まだ、何も起きていません」
私は言った。
「ええ」
マリアも頷いた。
「誰も、違法なことをしていません」
そのとおりだ。配信は公平で、解説は希望した領にだけ届き、助言は従わなくてよい。どこにも罪がない。だから、止める場所もない。
「一つ、思い出しました」
マリアが、ふと言った。
「セルマさんなら、これをどう読むでしょう」
その名を聞くのは、久しぶりだった。セルマ・グレイナー。王都銀行の資金循環構造を、公開資料と記憶だけで書き出した少女。あれから彼女は、王都へ戻っている。理由は聞いていない。
「今、どこに」
「王都です。中央の記録院にいると聞きました」
記録院。数字が最初に集まり、最後まで残る場所だ。私は解説の束をそろえて、机の端に寄せた。窓の外はもう暗い。
――五領。三領。
数はまだ小さい。小さいうちに気づけたのなら、それは幸運のはずだった。だが、私は幸運という言葉を信用していない。私は紙を一枚取り、王都行きの日程を書いた。次の協議院まで、十二日。
それまでに、この話を持っていける形にしなければならない。
――違法ではないものを、どう議題にするか。
違法でないものは、議題になるのでしょうか。
――「読める者」と「読めない者」の線に唸った方、評価をひとつ。




