第72話 開かれた台帳
白曜宮・協議院議場。円卓の議席は、すでに埋まっていた。
中央官僚が七名。地方代表が七名。そして軍部。
上座にレオポルドが座っている。王太子として、承認の席に。視線が合った。彼は何も言わず、わずかに頷いただけだった。ガイウスが議事を開く。
「本日の議題は一つ」
「公開監査情報の一元管理および地方配信制度」
「提案者より説明を」
一人の男が立ち上がった。背が高い。装いは地味だが、仕立ては良い。六年分の時間が、額と目元に薄く積もっている。だが、視線は変わっていなかった。
落ち着いていて、無駄な感情が一切乗っていない。
「協議院中央代表、レオンハルト・ヴェルナーです」
低く、通る声。議場の空気が、少しだけ整った。
「本案の目的は二つです」
彼は紙を一枚も見ずに話した。
「第一に、公開監査で集めた数字を、中央で一つにまとめること」
「第二に、それを地方へ定期的に配信すること」
「以上です」
沈黙。短すぎる説明だった。だが、それで足りていた。地方代表の一人が、身を乗り出す。
「配信は、無償か」
「無償です」
「間隔は」
「月に一度。危機時は随時」
「費用は」
「中央が持ちます」
ざわめきが起きた。好意的なざわめきだ。無理もない。地方が中央の数字を手に入れるまでには、これまで最短で四十日かかっていた。写しを申請し、許可を待ち、馬車で運ぶ。
その四十日が、月に一度になる。ヴァルテン伯が、腕を組んだまま言った。
「中央が地方に情報を配る」
「私が若い頃なら、笑い話だ」
「時代が変わりました」
レオンハルトは淡々と答えた。
「変えたのは、この議場です」
上手い。議場が、わずかに沸いた。私は資料を開いた。条文は十七条。短い。短い制度は、たいてい良い制度だ。複雑さは、隠し事の匂いがする。だが、一つだけ引っかかる条がある。第九条。
――配信には、必要に応じて中央による解説を付す。
「一点、伺います」
私は手を挙げた。視線が集まる。
「クラウゼン領主、エリス・フォン・クラウゼンです」
「どうぞ」
ガイウスが促した。
「第九条についてです」
私は言った。
「配信されるのは、数字ですか」
沈黙。
「それとも、読み方ですか」
レオンハルトは、初めて私を見た。そして、迷いなく答えた。
「両方です」
「理由を」
「数字だけを配っても、使われないからです」
彼の声は静かだった。
「地方に分析官はいません」
「ならば、読み方を添える方が親切です」
反論の余地はなかった。事実だからだ。私は資料を閉じた。
「賛成します」
議場の視線が、こちらへ動く。私が反対すると思っていた者が、何人かいたらしい。
「公開の範囲を広げる案に、私は反対しません」
私は言った。
「それは、私が最初に作った原則です」
ガイウスが議事録に印をつける。
「採決に入る」
手が上がる。中央。地方。軍。三つの列が、ほとんど同時に動いた。
「可決」
異議は、一つも出なかった。会議が終わり、人が議場を出ていく。私は資料をまとめてから、最後に回廊へ出た。窓の外は、もう暗い。その横に、足音が止まった。
「六年ぶりです」
レオンハルトだった。
「ご健勝で何よりです」
「健勝です」
彼は短く答えた。
「一つ、申し上げておきます」
私は待った。
「私は、監査官です」
六年前と、同じ言葉だった。あの夜、彼はその一言で、私に肩入れしないことを宣言した。
「存じています」
私も、同じように答えた。彼はわずかに口元を緩めた。だが、そこで終わらなかった。
「一つだけ、違うことがあります」
沈黙。
「あのとき私は、あなたに忠告しました」
――次に来る圧は、数字ではなく物語です。
彼は静かに続けた。
「今日は、しません」
そして、回廊を歩き去った。窓の外で、遠くの鐘が鳴っている。私は、可決されたばかりの条文をもう一度開いた。第九条。
――必要に応じて、中央による解説を付す。
必要に応じて。
誰が必要を決めるのか、そこには書かれていなかった。
条文に残った「必要に応じて」が、村でどう働くのか。
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