第65話 最初の試練
白曜宮・協議院議場。正式発足から三週間。新しい制度は、まだぎこちなかった。
中央官僚、地方代表、軍部が同じ円卓に座っている。それだけで前例のない光景だが、空気は緊張したままだ。危機のあいだは同じ方を向いていられた。危機が去ってからが、制度の本番になる。
ガイウスが議事を開いた。
「第一議題、北方穀物市場の暴落」
ざわめきが起きる。地方代表の一人が言った。
「今年の収穫量が、予想以上でした。供給過剰です」
「市場価格が三割下落しています」
中央財務官が答える。
「兵糧価格にも影響する」
レイスが低く言う。
沈黙。それは単なる市場の問題ではない。値が崩れれば農村が痩せ、農村が痩せれば税が減り、税が減れば国境の兵が減る。すべてが繋がっている。
「国家買い上げを提案する」
ヴァルテン伯が言った。
地方代表がすぐに反論する。
「財政が持ちません」
「ならば価格保証を」
「それでは市場を歪めます」
議場がざわついた。新しい制度は、まだ慣れていない。以前なら、中央が決めて地方が従って終わっていた案件だ。三つの力が正面からぶつかるのは、今日が初めてだった。
沈黙が落ちたその時、レオポルドが口を開いた。王太子として復帰してから、初めての発言だった。
「解決策は二つある」
静かな声だった。
「国家が買うか、市場に任せるか」
沈黙。
「だが、第三の道もある」
視線が円卓を回る。
「輸出だ」
ざわめきが走った。
「どこへ」
レイスが問う。
「ノルディア」
沈黙。ガイウスが言った。
「外交交渉が必要です」
「すでに始まっています」
私は静かに言った。視線が私に集まる。
「国境共同監査の合意。その中に、食料輸出条項を入れてあります。あの時点では使う予定のない条文でした。ですが、余る年と足りない年は、必ず交互に来ます」
沈黙のあと、レイスが小さく笑った。
「用意がいい」
「地方が儲かるな」ヴァルテン伯が腕を組む。
「国家もです」
私は答えた。
ガイウスが議事録に目を落とす。
「輸出案、採決する」
手が上がっていく。中央、地方、軍。三つの列が、同時に動いた。
可決。
その瞬間、議場の空気が変わった。誰も声を上げない。それでも、全員が理解していた。制度が動いたのだ。個人の権力ではなく、円卓の決定として。誰かが勝った顔をしていないことが、何よりの証拠だった。
協議院。国家は本当に、構造で動き始めていた。
会議が終わり、私は議場を出た。回廊の窓から王都が見える。その横に足音が並んだ。レオポルドだった。
「見ただろう」
彼が言う。
「国家が動く瞬間を」
私は頷いた。円卓の誰も、今日の決定を自分の手柄として持ち帰らなかった。それが答えだった。
「設計図は、機能しています」
彼は少し笑った。
「設計者は満足か」
「まだです」
私は答えた。
「制度には、常に修正が必要ですから」
沈黙。彼は空を見上げた。王都の空は穏やかだった。
「国家は完成しない。だから、面白い」
私は小さく笑った。
危機は終わった。それでも、国家という仕組みは、これからも動き続ける。
そして。
その設計図は、引き直される日を前提に描いてある。
制度が試された夜、設計した本人は議場にいません。




