第64話 国家の設計図
白曜宮・中央庭園。夜の空気は静かだった。議会の灯りはまだ消えていない。それでも、国家の危機はひとまず終わっている。
私は庭園の石道を歩いていた。昼のあいだ議場に詰めていた分、夜の空気がひどく広く感じる。後ろから足音が聞こえた。振り向かなくても分かる。レオポルドだった。
「終わったな」
静かな声だった。
「ええ。長い戦いでした」
断罪から数えれば二年、辺境の帳簿を開いてからでも一年半。そのあいだに数えた数字の量を思うと、自分でも少し笑えてくる。
彼は夜空を見上げた。王都の灯りが、遠くまで広がっている。
「だが、本当の意味では終わっていない」
私は小さく笑った。
「国家は完成しません。常に修正が必要です。完成したと言い切った時点で、次の危機に備えるのをやめてしまいますから」
沈黙のあと、彼は言った。
「だから、構造を作った」
協議院。中央、地方、軍。三つの力が均衡する制度。誰か一人が正しくなくても回る、という一点だけを目的に組んだ形だ。
「個人ではなく、制度で国家を守る」
私は頷いた。
「それが、設計です。人は替わります。志も、代が変われば薄れます。残るのは、手続きだけです」
遠くで鐘が鳴った。夜の王都に響くその音は、穏やかだった。
レオポルドが私を見る。
「公開監査、金融市場の再設計、協議院」
彼は少しだけ笑った。
「君は国家を変えた」
私は首を振った。
「違います。国家が変わる準備をしていただけです」
数秒の間があった。それから彼は言った。
「明日、私は正式に復帰する」
私は驚かなかった。その時が来たのだ。
「王太子として、協議院と共に統治する。国家はもう、一人では動かない」
その言葉は静かだった。だが、意味は重い。王太子自身が、権力を制度へ分ける。取り上げられるのではなく、自分から手放す。王国史上、初めてのことだった。
「国は、強くなります」
レオポルドは少し考えた。
「強くなるかは分からない。だが、壊れにくくはなる」
私は笑った。それこそが、国家設計の目的だ。強い国を作りたいと言う者は多い。壊れにくい国を作りたいと言う者は、この二年で一人しか見ていない。
夜風が庭を通り抜けていく。彼はふと聞いた。
「君はどうする。辺境へ戻るのか。それとも、王都に席を求めるか」
私は少し考えた。
「クラウゼン領は続けます。あそこの帳簿は、私が開いた最初の一冊です。ですが」
私は空を見上げた。
「国家も、見ます」
レオポルドは小さく笑った。
「忙しい女だ」
「設計者は、そういうものです」
遠くで、議会の灯りが一つずつ消えていく。危機の夜は終わった。国家はまだ未完成だ。それでも、一つの設計図ができた。二年前、辺境の帳簿を開いたときに引いた最初の一本の線が、今日ここまで伸びている。
中央、地方、軍、そして市場。それぞれが均衡する国。悪役令嬢と呼ばれた女が描いた、新しい国家の形。
王都の夜空には星が広がっている。その下で。
王国は静かに、新しい時代へ進み始めた。
新しい制度は、動かしてみるまで欠けが見えません。




