第63話 王太子復帰
白曜宮・大議場。公開監査が終わった後も、議場の空気はまだ熱を帯びていた。
黒曜会の解散。王国最大の金融結社が、ついに崩れた。傍聴席の商人たちは、小声で議論を続けている。
「本当に終わったのか」
「市場はどうなる」
「国家が債権を管理するのか」
ざわめきの中、ガイウスがゆっくりと立ち上がった。議事はまだ半分残っている。国家最大の結社が消えた日でも、議題は次に進む。
「議事を続ける」
その声で、空気が引き締まる。
「黒曜会の資金構造は公開された。市場操作の事実も確認された」
沈黙。
「これにより」
彼は続けた。
「王太子への疑惑の根拠は、崩れた」
議場が静まり返る。数人の議員が顔を見合わせた。ヴァルテン伯も、言葉を失っている。あの朝、彼が高く掲げた証言書は、今日この場で偽造と確定した。誰もそれを彼に言わない。
副頭取の証言書も、偽造文書も、すべては黒曜会の操作だった。
ガイウスが宣言する。
「王太子レオポルドの職務停止を解除する。正式な復帰を提案する」
ざわめきが広がった。
その瞬間、議場後方の扉が開いた。ゆっくりと歩いてくる人物がいる。
レオポルドだった。議場が完全に静まり返る。
彼は壇上へ向かった。だが、玉座には座らない。そのまま議場を見渡す。
「提案は聞いた」
静かな声だった。
「だが」
沈黙。
「私はすぐには復帰しない」
ざわめきが起きた。レイスが眉をひそめ、ガイウスも驚いている。
レオポルドは続けた。
「国家は変わった」
視線が円卓に向く。中央、地方、軍。三つの代表がそこにいる。
「暫定協議院。この構造が、国家を支えた」
沈黙。
「ならば、まず制度を完成させる」
私は彼の言葉を理解した。王太子の復帰より先に、国家の構造を固定する。順番を間違えれば、また個人に寄りかかる国に戻る。
「協議院設置法案」
レオポルドが言った。
「それを、正式に可決する」
ガイウスがゆっくり頷いた。
「賢明です」
「軍も賛成する」
レイスも言う。
視線がヴァルテン伯に集まった。彼は苦い顔をした。だが、もう反対はできない。国家はすでに動き始めている。
「……賛成だ」
小さな声だった。反対し続けても、次の議会で自分の席が減るだけだと分かっている。それで決まった。
ガイウスが宣言する。
「協議院設置法案、採決に入る」
議場が静まり返る。挙手が始まった。中央、地方、軍。手が上がっていく。そして、過半数を越えた。
「可決」
その一言で、議場の空気が変わった。
王国史上初めて、中央と地方が共同で国家を運営する制度――協議院が、正式に成立した。
レオポルドが静かに言う。
「これで国家は、個人ではなく構造で動く」
私は小さく息を吐いた。断罪の日から始まったすべて。辺境の改革、金融戦、政治戦、そして国家の危機。そのすべてが、ここに繋がっている。追放の宣告を受けたあの日、この国には地方の席が一つも無かった。今日、七つある。
レオポルドが私を見た。
「ここからが、本当の始まりだ」
私は頷いた。始まりの合図は、いつも静かだ。断罪の日も、誰かが軽い調子で私の名を呼んだところから始まった。
国家再設計。それは終わりではなく、まだ名前のついていない仕事だった。
――ここから何を先に決めるのか。その一言を、この場の誰も口にしなかった。
議場で出なかった言葉が、夜の庭で先に出ます。




