第61話 国境の選択
白曜宮・外交会議室。重厚な扉が閉じられると、外のざわめきは完全に遮断された。
円卓の上には三つの旗が並んでいる。王国旗、暫定協議院の紋章、そして銀狼の紋章――ノルディア王国。
室内の空気は冷えていた。先に口を開いたのは、エリナ王女だった。
「状況を整理しましょう」
透き通るような声。だがその奥には、雪原のような冷静さがある。
「王太子は職務停止。摂政会議は機能不全。暫定協議院が国家を運営している」
彼女の瞳が、ゆっくりと円卓を見渡した。
「そして国境では、衝突が起きている」
沈黙。レイスが腕を組んだまま言った。
「侵入したのは、そちらだ」
「挑発に過ぎません」
エリナは淡々と答えた。
「戦争を始める意図はありません。ですが」
彼女の視線が、私のところで止まる。
「国家が不安定な隣国は、危険です」
言外の意味は明白だった。王太子退位。その条件は、まだ下ろされていない。
「内政干渉だ」
ガイウスが低く言う。
エリナは肩をすくめた。
「外交は、いつもそういうものです」
私は静かに口を開いた。
「条件の変更を提案します」
会議室が静まり返る。エリナが、少し興味を示した。
「聞きましょう」
「国境の共同監査です」
沈黙。レイスが眉をひそめた。
「監査?」
「はい」
私は続けた。
「軍事ではなく、透明性の話です。双方の軍備、補給、配置を、互いに監査する」
エリナの目が、わずかに細くなった。
「大胆ね」
「ですが」
私は言った。
「戦争の原因は、恐怖です。見えないものがあると、人は疑う。だから、見せます」
沈黙のあと、レイスが腕をほどいた。
「軍としては、悪くない。監査があれば、衝突も減る」
ガイウスも静かに頷いた。
「市場も安定する」
エリナは椅子に深く座った。
「なるほど」
小さく笑う。
「戦争を避けつつ、市場を落ち着かせる」
彼女の視線が鋭くなった。
「あなた、政治だけではないわね。金融も理解している」
私は答えなかった。その代わりに、別の言葉を出した。
「ただし、条件があります」
沈黙。
「黒曜会」
会議室の空気が一変した。
「彼らの資金構造を、公開します」
ガイウスが目を見開く。レイスも黙った。それはつまり、王国最大の金融結社を正面から敵に回すということだ。
エリナは少し驚いた顔をした。
「大胆すぎる」
「必要です」
私は言った。
「戦争も市場の混乱も、すべて資金の流れで起きています。ならば、そこを断つ」
沈黙。
その時、扉が静かに開いた。会議室の全員が振り向く。
レオポルドだった。正式な復帰ではない。それでも、その存在だけで空気が変わる。
エリナは彼を見て微笑んだ。
「あなたが王太子」
レオポルドは席に座らず、立ったまま言った。
「元、だ。今はただの王族だ」
「ですが国家は、あなたを中心に動いている」
エリナは楽しそうに言った。レオポルドは静かに答える。
「それが問題だ」
沈黙。
「国家は、個人で動くべきではない」
彼の視線が私に向いた。
「構造で動くべきだ」
私は小さく頷いた。エリナは二人を見比べる。
「面白い。王太子が、国家を個人から切り離そうとしている」
彼女は少し考え、それから言った。
「いいでしょう」
沈黙。
「ノルディアは中立を保ちます」
レイスが息を吐いた。戦争の危機が、一歩遠のいた。
だが、エリナは続けた。
「ただし」
静かな声だった。
「黒曜会を公開すること。それが条件です」
「同意します」
私は言った。
レオポルドも答える。
「国家の信用は、透明性で守る」
エリナは満足そうに笑った。
「いい取引ね」
彼女は席を立ち、窓の外を見た。王都の灯りが広がっている。
「国家と市場と地方。三つの均衡」
彼女は静かに言った。
「滅多に見られない光景よ」
そして振り向く。
「楽しみにしているわ。黒曜会が崩れる瞬間を」
扉が閉じた。会議室には沈黙が残る。
国家はまだ揺れている。だが、次の戦いは決まった。金融戦の決着。黒曜会。
その構造が、ついに暴かれる。
線を引き終えたところで、隠れていた構造が議場に出ます。




