第57話 共同統治
白曜宮・円卓会議室。暫定協議院の第一回会議が開かれた。
中央官僚、地方代表、軍部代表が同じ円卓に座っている。それだけで前例のない光景だった。だが、空気は硬い。座り方に慣れていない。誰も、隣の席の人間と何をどこまで決めていいのかを知らない。
「では、議題を始める」
ガイウスが低く言った。
「第一議題、国境対応」
レイスがすぐに口を開く。
「軍は防衛線を維持する。だが、補給が不安定だ」
視線が私に向いた。地方が金を出す話になると、この卓は必ず私を見る。私は資料を広げた。
「地方の補給網は維持可能です。ただし三週間以内に、正式な財源が必要になります」
ヴァルテン伯が鼻で笑った。
「また地方資金か」
「国家の資金です」
私は静かに言った。
「地方も、国家です」
「言葉遊びだ」
伯爵は冷たく返した。
「地方が国家を操る構図は、危険だ」
レイスが低く言う。
「操ってはいない。支えている。運んだのは鉄と塩だ。議席ではない」
空気が張り詰めた。軍と貴族が睨み合う。制度が生まれて三日目に、もう最初の亀裂が来ている。
ガイウスが手を叩いた。
「静粛に」
沈黙が戻る。
「共同統治は初めての試みだ。衝突は当然だ」
彼は続けた。
「だが、敵はここにはいない」
その言葉で、空気が少しだけ緩んだ。この円卓の価値は、敵が外にいることを全員が思い出せる点にある。
私は資料を差し出した。
「市場分析です。黒曜会系資金の動きをまとめました」
ざわめきが走る。
「まだ売り圧が続いています。市場を揺らし続ける気です」
「対策は」
レイスが問う。
「信用を奪います」
沈黙。
「公開監査を拡大し、黒曜会の資金の流れを公開します」
ヴァルテン伯が顔を歪めた。
「市場は恐怖で暴れるぞ」
「すでに暴れています」
私は言った。
「隠す方が、危険です」
沈黙のあと、ガイウスがゆっくり頷いた。
「理屈は通る」
「軍は賛成だ」
レイスが言う。
伯爵は黙った。完全な反対はできない。
暫定協議院は、初めての決断をした。中央が案を出し、地方が支え、軍が背中を押した形だ。どれか一つが欠けていれば、今日の議事録は空白のままだった。
「公開監査、第二段階を実施」
議事録に、そう記される。国家の舵が、少しだけ動いた。
その時、書記官が慌てて入ってきた。
「報告! 黒曜会最大出資商会、エルドラム商会。資金移動を停止しました」
沈黙。
「逃げ始めたな」
ガイウスが言う。
私は首を振った。
「違います。態勢の変更です。逃げる者は資金を動かします。止めたということは、次に使う予定があるということです」
遠くの館で、カルドが報告を聞いていた。
「協議院は、予想以上に早いな」
「次の手は」
部下が問う。
カルドは静かに言った。
「市場ではない。政治だ」
彼は一枚の紙を机に置いた。王都議会の議席表だった。
「均衡は、まだ崩せる。市場で勝てぬなら、議席を買えばいい。あれは制度だ。制度には、必ず数え方がある」
白曜宮。私は窓の外を見ていた。国家はまだ脆い。暫定協議院は希望だが、同時に綱渡りでもある。
中央、地方、軍。三つの力が、同じ円卓に座っている。
だが、黒曜会はまだ終わっていない。むしろ。
本当の戦いは、これから始まる。
制度が形になるころ、市場の側にも主が現れます。




