第53話 空白の統治
摂政会議発足、三日目。王都は静かに混乱していた。
表向きは平穏だ。だが、意思決定が遅い。貿易商会からの問い合わせは滞り、軍需資材の搬入許可は保留の山になっている。
摂政会議は五名構成。保守派が三、中立が一、財務官僚が一。議論は長く、決定は遅い。
「ノルディアの国境演習は、示威にすぎぬ」
摂政筆頭のヴァルテン伯が言う。
「過剰反応は市場を刺激する」
ガイウスが静かに返した。
「軍需鉄の搬入が止まっています」
「地方からの供給で足りる」
「その許可が、下りていません」
沈黙。責任を取りたくない空気が、円卓の上に薄く張っている。
私は傍聴席からそれを見ていた。王太子が一人いないだけで、国家の呼吸が乱れる。
その日の午後、急報が入った。
「ノルディア、貿易の完全停止を通告」
議場が凍る。
「何だと?」
「理由は、政情不安とのことです」
狙いは明白だった。王太子の失脚を“国家の不安定”と見なし、圧力を最大化する。
ガイウスが低く言った。
「軍需鉄、塩、穀物。三週間で備蓄が尽きます」
沈黙のなか、摂政筆頭が苛立ちを見せた。
「外交交渉を急げ」
「既に打診済みです」
「回答は?」
「条件付きの再開、と」
「条件は」
書記官が言い淀んだ。
「王太子の、正式退位です」
空気が凍った。内政問題を、外交のカードにしている。
私は静かに理解した。黒曜会の思想と一致する。“制御可能な不安定”。彼らが求めているのは勝利ではなく、終わらない揺れだ。
その夜、近衛副団長レイスが密かに私を訪ねてきた。
「軍が揺れている」
低い声だった。
「摂政会議は決断できない。だが国境は動いている」
「反乱ですか」
「まだ違う」
沈黙。
「だが王太子がいない状態が長引けば、分からん」
軍は秩序を求める。だからこそ、空白は危険だった。
私は言った。
「地方の補給網を、即時稼働させます」
「摂政の許可は」
「待っていたら間に合いません」
レイスは私を見つめた。
「政治的な越権だぞ」
「国家の存亡です」
沈黙のあと、彼は小さく頷いた。
「私は、見なかったことにする」
翌朝、クラウゼン、南方、北部連合の共同補給線が発動した。鉄、塩、乾燥穀物が王都へ向けて運ばれていく。
市場はすぐに反応した。価格の暴騰が止まる。
だが、摂政会議は激怒した。
「無断で国家物流を動かすとは何事だ!」
ヴァルテン伯が声を荒げる。私は冷静に答えた。
「軍需備蓄が三週間しかありません。外交が決裂すれば、二週間です」
沈黙。
「責任は、私が負います」
場が静まった。
「地方代表に、そんな権限はない!」
「国家が止まるよりは、ましです」
ガイウスが口を開いた。
「結果は出ています」
数字が示される。市場の安定、暴騰の停止、軍需補給の回復。摂政筆頭は言葉を失った。
だが、別の問題が浮上した。地方が国家を支配している――そんな噂が、静かに広がり始めたのだ。黒曜会にとっては、格好の火種だった。
夜、白曜宮の一室。レオポルドは職務停止中の身で、静かに報告を受けていた。孤立してはいない。
「地方が動いたか」
「はい」
「軍は」
「静観しています」
沈黙。
「ノルディアは本気だ」
低い声だった。
「戦争は望んでいない。だが、圧力は続く」
窓の外、王都の灯りが揺れている。
国家は今、中央でも地方でもなく、空白で揺れている。
そして、黒曜会はまだ姿を見せない。
姿を見せないこと自体が、すでに一つの手だった。
では、二つ目は。
混乱が均一に広がるときは、たいてい誰かが配っています。
――空白の怖さが伝わった方、評価で教えてください。




