第52話 告発の朝
白曜宮・大議場。本来なら、協議院設置法案の採決日だった。だが、空気は重い。
新聞は一斉に同じ見出しを掲げていた。王太子、銀行危機を利用。副頭取失踪に王命疑惑。地方連合との裏取引。
議場はざわめきに満ちている。レオポルドは、いつも通り壇上に立った。動揺は見せない。
「本日の議題は、協議院設置法案――」
その言葉を遮る声が上がった。
「異議あり!」
保守派筆頭、ヴァルテン伯が立ち上がる。
「まず、王太子殿下への疑惑を明らかにすべきだ」
ざわめきが強まる。
「副頭取は殿下と密会していたという証言がある!」
偽造文書が高く掲げられた。署名、印章、日時。どれも精巧に整っている。
私は冷静に見つめ、声を上げた。
「その証言書の、原本確認を求めます」
だが、伯爵は鼻で笑った。
「地方代表が、王家に口を出すか」
「国家の信用の問題です」
私は一歩前に出た。アルベルトの視線が、一瞬だけこちらに向く。
議場は割れていた。軍部席がざわつき、近衛副団長レイスが険しい顔で何かを確認している。
ガイウスが低く言った。
「殿下、審議を延期すべきです」
沈黙。レオポルドはゆっくりと全体を見渡した。その目は、驚くほど静かだった。
「私に疑惑がある以上、このまま採決するのは不適切だ」
一瞬、空気が止まる。
「よって」
彼は続けた。
「私は本日より、職務を一時停止する」
議場が凍りついた。
「殿下!」ガイウスが声を上げる。
「調査が終わるまで、摂政会議に権限を委ねる」
ヴァルテン伯が、わずかに笑みを浮かべた。罠は成功したのだ。
だがレオポルドの声は、少しも揺れていない。
「国家の信用は、王太子個人より重い」
沈黙。軍部席でレイスが立ち上がった。
「殿下、それは――」
「命令だ」
短い言葉に、近衛は黙った。
私は息を呑んでいた。想定はしていた。それでも、実際に失脚の言葉を聞くと胸が締めつけられる。
偽造された文書は、原本の確認さえ求められないまま議場を通った。手順を踏まない断罪が人を落とす速さを、私はこの目で見たことがある。今日はそれを、外側から見ている。
議場は混乱した。摂政会議の設置、緊急調査委員会の発足。そして協議院法案は――
「審議、無期限延期」
その一言で、空気が崩れた。
散会後、白曜宮の静かな回廊。レオポルドは一人で立っていた。護衛も遠ざけている。私は近づいた。
「なぜ、あそこまで」
抑えたつもりの問いは、それでも震えていた。彼は振り向かない。
「国家は分裂寸前だった。強行すれば、軍が割れた。内戦は避けねばならぬ」
静かな現実だった。
「ですが、黒曜会の思う壺です」
「分かっている」
彼はようやくこちらを見た。その目に、わずかな疲労がある。
「だからこそ、私は退く。時間を稼ぐ」
沈黙。
「お前は動け」
低い声だった。
「地方を守れ。中央は、私が受ける」
胸が強く打った。
「殿下は、一人になります」
「慣れている」
かすかな苦笑だった。断罪の記憶が、私の中で重なる。孤立。あの時と同じ構図だ。
あの日、謁見の間で私の側に立った人は一人もいなかった。誰も悪人ではなく、ただ立つ理由を持っていなかっただけだ。理由さえあれば人は立てる、と私はあれから二年かけて考えてきた。
違うのは、今、私が傍観者ではないということ。
「私は戻りません」
はっきりと言った。
「王都に残ります」
彼の目が、わずかに動く。
「国家を再設計すると決めました。ならば、逃げません」
長い沈黙のあと、彼は言った。
「……危険だ」
「存じています」
「黒曜会は容赦しない」
「それでも」
私は言った。
「国家は、構造で守ります」
彼はわずかに笑った。
「危険な女だ」
「光栄です」
外では、王都の鐘が鳴っている。王太子、職務停止。国家は揺れた。
そして。
この報せを最初に王都の外へ流したのが誰なのか、そこだけが分かっていない。
玉座も議長席も空いた国を、誰が回すのか。




