第50話 暴かれる構造
白曜宮・中央監査室。円卓の中央に、帳簿が積まれていた。
中央財務官、地方代表、王都銀行幹部。顔ぶれを見れば分かる。公開監査は形式ではない。本気だ。
ガイウスが低く告げた。
「王都銀行の外債比率、過去五年分を再試算する」
ざわめきが起きる。副頭取の席は空席のままだ。私は地方代表として席に着き、アルベルトは無言のまま立っていた。
帳簿が開かれる。一冊、二冊、三冊。外債の再評価、担保の再計算、地方税収成長率の再設定。数字を直すたびに、前の数字が誰の都合で置かれていたかが浮かび上がってくる。
沈黙のなか、ガイウスがゆっくりと顔を上げた。
「……三年前から、中央税収モデルが過大評価されている」
ざわめきが爆発した。
「何だと!」
「意図的か?」
王都銀行の幹部が青ざめた。三年前の試算は、彼らが作ったものではない。だが、疑わずに使い続けたのは彼らだ。
私は静かに続けた。
「地方の税収成長を過小評価し、中央依存型のモデルを維持していました。結果として、外債の担保が過大に見える構造になっています」
アルベルトが一歩前に出た。
「誰が承認した」
沈黙。帳簿の隅に、小さな印があった。ローデル家の関連会社。黒曜会の影だった。
「これは……」ガイウスの声が冷える。
レオポルドが静かに立ち上がった。
「国家の信用を利用した、私益行為だ」
空気が凍った。王太子の声は低い。だが、そこにあるのは怒りではなく断罪だった。
断罪という言葉を、この議場で聞くのは二度目だった。一度目は私が立たされる側で、あのときは帳簿が一冊も開かれなかった。今日は、円卓の中央に積まれている。
「黒曜会幹部、即時事情聴取」
議場が揺れた。
「殿下、それは!」貴族の一人が立ち上がる。「慎重に――」
「慎重にしてきた結果が、これだ」
レオポルドの声は鋭かった。
「中央も地方も、欺かれていた」
視線が私に向く。
「地方協議院案」
沈黙。
「再審議する。あわせて、公開監査を常設化する」
重い決断だった。アルベルトが低く問う。
「殿下、それは保守派との決裂を意味します」
「国家の信用と引き換えに守る保守など、不要だ」
その言葉に、議場が凍りついた。私は息を呑む。
保守派の席が動かない。動かないのは同意ではなく、次の手を数えているからだ。ここで守られたのは制度であって、私ではない。
王太子は、立場を明確にした。中央内部の寄生構造を切る。政治的には、極めて危険な選択だった。守る対象を国家に定めた瞬間、味方の半分が敵に変わる。それでも、国家は守られる。
会議後の廊下で、アルベルトが私の隣に立った。
「……勝ったと思うな。まだだ」
「存じています」
私は答えた。
「黒曜会は末端を切ります。本体は残る」
彼はわずかに笑った。
「理解が速いな」
「危険な女ですから」
沈黙のあと、彼は言った。
「殿下は賭けに出た」
「あなたは?」
「均衡を守る」
その意味は深い。
王都の夜。黒曜会の館では、円卓の半分が空席になっていた。
「王太子が牙を向けた」
「想定内だ」黒衣の男が言う。「末端は切り捨てろ。だが流れは止まらぬ」
静かな笑いが広がる。
「制度は、我らを完全には排除できぬ」
影はまだ消えない。それでも、王都の風向きは変わった。中央と地方が、初めて同じ敵を名指ししたのだ。
私は窓の外を見た。灯りが揺れている。敗北から始まった再設計は、まだ終わらない。
だが。
国家は、確かに一歩進んだ。
進んだ先に何が置かれているのかは、あの円卓の空席の側だけが知っている。
一歩進んだ翌日が、いちばん危ない夜になります。
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