第49話 疑念の証拠
南方領主館・客間。机の上に、届いたばかりの帳票が広げられていた。
黒曜会名義の裏口座、外債の移動履歴、そしてローデル家の印。一見すれば、決定的な証拠に見える。
「……綺麗すぎますね」
私は静かに言った。南方領主が眉をひそめる。
「偽造か?」
「可能性があります」
改竄された帳簿と、同じ匂いがした。都合の悪いものだけが揃って出てくるときは、たいてい誰かが揃えている。本物の証拠は、もっと欠けている。
「黒曜会が、ここまで露骨な証拠を残すでしょうか」
沈黙が落ちた。
「だが何もしなければ、連合は割れる」
正論だった。私は深く息を吐く。
「三日以内に、真正性を確認します」
その夜、密かに王都へ伝書を出した。宛先は――アルベルト。
返答は早かった。「会う」とだけ書かれた短い文。
王都郊外、人気のない修道院。アルベルトは一人で現れた。
「大胆だな」
「時間がありません」
私は書類を差し出した。彼は黙って目を通す。
沈黙。やがて。
「偽物だ」
即答だった。胸の奥が、わずかに緩む。信じたい方に転ばずに済んだ。
「根拠は」
「印章の位置だ。ローデル家の正式文書は、必ず二重圧印になる」
私は目を細めた。
「では、黒曜会ではないと?」
「いや」彼は続けた。「黒曜会の下位構成員が暴走したか。あるいは、第三者が黒曜会を嵌めようとしているか」
「殿下は?」
「知らぬ」
即答だった。
「これは私の判断だ」
一瞬、私は彼を見つめた。
「なぜ協力するのです」
アルベルトはわずかに目を細めた。
「国家のためだ」
それだけだった。だが、本音はもう少し複雑なはずだ。
「黒曜会が暴走すれば、中央も崩れる。だが無実の者を処罰すれば、秩序も崩れる」
彼は続けた。
「お前は構造を見ている。私は均衡を見る」
静かな言葉だった。敵ではない。だが、味方とも言い切れない。
「証拠はまだ足りない」アルベルトは言った。「副頭取の動線を追え。隣国との接触記録もだ」
「南方の期限は三日です」
「二日で出す」
彼は踵を返した。去り際、振り向かずに言う。
「勘違いするな。私はお前の味方ではない」
「存じています」
私は答えた。
「ですが、国家の味方でしょう」
足が止まった。一瞬の沈黙のあと、彼は去っていった。
南方領、二日目の夜。追加の資料が届いた。副頭取の密会記録、隣国商会との不自然な資金移動。そして、ローデル家とは別の名前があった。
「……エルグレン商会」
南方領主が息を呑む。
「地方内の商会だ」
黒曜会の末端と繋がっている。つまり、手はもう地方の内側まで入り込んでいた。
「これが本命です」
私は言った。
「黒曜会は直接手を出しません。必ず中間層を使う」
南方領主は長く黙っていた。
三日目、会議室。
「連合は維持する」
その言葉には、重みがあった。
「だが、内部監査を強化する」
私は深く頷いた。
「当然です」
信頼は盲信ではない。検証だ。疑わずに済ませることを信頼と呼べば、次に同じ手で崩される。連合が続くのは、仲が良いからではなく、確かめ合う手順を持ったからだ。
夜、王都から書簡が届いた。差出人はレオポルド。黒曜会幹部の一部を、監査対象に指定した、とある。
静かに、戦線が引かれていく。中央と地方は、今のところ同じ方向を向いている。
だが、黒曜会はまだ沈黙している。
沈黙は、向こうが何もしていないという意味ではない。
沈黙している相手の形は、こちらの帳票の側に写っています。




