第48話 亀裂の兆し
王都滞在三日目、クラウゼンから急報が届いた。
――南方グランディア、連合脱退を検討。
胸が、わずかに沈んだ。
「理由は」
私は短く問うた。伝令が答える。
「王都銀行を介さない地方信用証書に、不安があると。それと、隣国商会との独自協定を打診されているとのことです」
黒曜会。私はすぐに理解した。地方を揺らす。中央からではなく、足元から。私が王都で戦っている間に、留守の側を崩す。
「誰が仲介している」
「王都商会の一部です」
「名前は」
沈黙のあと、伝令が答えた。
「……ローデル家」
その名に、ガイウスが顔を上げた。
「黒曜会の中枢だ」
私は目を閉じた。公開監査への報復。国家を正面から揺らせないなら、地方を崩す。順番として、あまりに合理的だった。
その夜、レオポルドと再会した。
「動いたか」
彼はすでに把握していた。
「南方に個別優遇案が出ています」
「中央を通さずに?」
「表向きは、商会間の契約です」
商取引の顔をした分断だった。政治より静かで、政治より速い。
「殿下は、止められますか」
「合法の範囲だ」
つまり、止められない。
沈黙が落ちる。
「地方は揺らぎます」私は言った。「信頼は、制度では守れません」
「ではどう守る」
彼の問いは静かだった。
「対話です」
私は即答した。
「王都に留まっている場合ではありません」
翌朝、私は南方へ戻る決断をした。王都滞在は中断となる。
レオポルドが静かに言った。
「逃げるのか」
「違います。守りに行くのです」
視線が交差する。
「黒曜会は、地方が崩れれば私を孤立させられます。そうなれば、協議院案も潰れる」
彼はわずかに笑った。
「理解が速いな」
「危険な女ですから」
しばらくして、彼は言った。
「戻れ」
低い声だった。
「だが、中央も動く」
その意味は深い。王太子が黒曜会を静かに締め、私が地方を守る。分業だ。
南方グランディア。領主館の空気は重かった。
「王都商会は、魅力的な条件を出している」
南方領主が言う。
「税の優遇、融資保証、隣国への販路確保だ」
「短期の利益は明確です」
私は認めた。
「ですが、依存が戻ります」
「連合は、国家の危機に巻き込まれている」
彼の声は揺れていた。恐怖だ。恐怖は、条件よりも先に人を動かす。
私は静かに言った。
「黒曜会が狙っているのは、分断です」
「証拠は」
「ありません」
正直に言った。
間があってから、彼は言った。
「ならば、我々は憶測では動けぬ」
正論だった。証拠のない話を信じろというのは、二年前に私を裁いた側の言い分と同じ形をしている。私は一歩踏み込んだ。
「南方が抜ければ、連合は弱まります。ですが黒曜会は、そこで止まりません。次を狙い、最終的には中央も揺らぐ」
彼は長く黙っていた。
「……信じろと?」
「いいえ」
私は言った。
「判断してください。恐怖ではなく、構造で」
沈黙。窓の外で、港の灯りが揺れている。
やがて、南方領主が言った。
「……三日待つ。その間に、証拠を出せ」
期限が切られた。黒曜会は影であり、証拠はどこにもない。
私は静かに息を吐いた。政治は構造の戦いだ。だが今は、時間との戦いでもある。
夜、客間に密書が届いた。差出人は不明。中には外債取引の一覧、黒曜会名義の裏口座。そして、ローデル家の印。
証拠。だが、罠の可能性もある。
私はゆっくりと書簡を閉じた。この紙が本物なら連合は保たれ、偽物なら私が連合を売った形になる。信頼が試されている。地方も、中央も。
そして。
アルベルトの動きも、まだ見えない。
見えないと言っていたものの端が、南で出てきます。




