第46話 見えない手
副頭取の失踪は、表向き「急病による療養」と発表された。
だが、王都財務院の地下――封鎖された記録室には、改竄された帳簿が並んでいる。
「……巧妙だ」
ガイウスが低く言った。
「数字は正しい。だが、前提がすり替えられている」
私は帳簿を覗き込んだ。外債の担保評価、将来税収予測、隣国商会との信用枠。
「地方の税収成長率が、意図的に過小評価されています」
「そうだ」
ガイウスは頷いた。
「中央のモデルを楽観的に見せるために、地方の成長を低く設定する。結果として、中央依存型の構造が維持される」
私は息を呑んだ。
「つまり……」
「地方が弱い方が都合のいい者がいる」
重い沈黙が落ちた。
「副頭取単独の犯行ではない」
レオポルドが静かに言う。
「背後に、資金の流れがあります」
書記官が別の資料を差し出した。
「王都銀行の一部外債が、ノルディアを経由して別の商会へ流れています」
私は目を細めた。
「隣国だけでは、ないのですね」
「ええ」ガイウスの声は低い。「王都内部の投資結社――“黒曜会”です」
空気が凍った。
「黒曜会……?」
私の知らない名前だった。レオポルドが答える。
「旧貴族と大商人の私的な連合だ。国家財政と深く結びついているが、公的な組織ではない」
つまり、国家の血流に寄生している。
地方停滞モデルは、彼らの利益構造そのものだった。地方が自立すれば、中央依存型の融資は縮小し、利益が減る。だから地方は、弱いままでなければならなかった。
私はゆっくりと言った。
「危機は……」
「作られた可能性がある」
レオポルドの声は冷たい。怒りではなかった。理解の冷たさだ。
「ノルディアは利用された。外債を引き揚げさせ、市場を揺らし、制度審議を止める」
私は息を吐いた。アルベルトの顔が脳裏をよぎる。
「彼は、関与していますか」
レオポルドは即答しなかった。
「証拠はない。だが」
彼は続けた。
「黒曜会は、保守派と近い」
沈黙。
「殿下は、どうなさいます」
彼はしばらく何も言わなかった。やがて口を開く。
「国家を守る。中央も地方も関係ない」
その目は冷たかった。
「黒曜会を切る」
空気が変わった。それは、内戦に近い決断だ。
「だが、正面からは潰せぬ」ガイウスが言う。「影響力が強すぎる」
私は静かに言った。
「信用を使います」
二人がこちらを見た。
「黒曜会は“信用”で利益を得ています。ならば、信用を可視化すればいい」
沈黙のあと、レオポルドの目がわずかに細くなった。
「公開監査か」
「はい。中央と地方の共同で」
「大胆だ」ガイウスが低く笑う。
「今ならできます。地方の資金が国家を支えた今なら」
レオポルドはゆっくりと立ち上がった。
「危険だ」
「承知しています」
「黒曜会は黙っていない」
「承知しています」
視線が交差した。長い少し間を置いて、彼は言った。
「協議院案。条件付きで再審議する」
心臓が強く打った。
「黒曜会の調査を含む形で」
これは賭けだった。国家内部の寄生構造と戦う。地方と中央が、初めて同じ敵を見る。
私は深く礼をした。
「国家のために」
レオポルドはわずかに笑った。
「危険な女だ」
「光栄です」
地下記録室の空気は重い。それでも、方向だけは定まった。
敵は中央でも地方でもない。国家を食い物にする構造そのものだ。
戦いは、新しい段階に入った。
見えない手を捕まえるために、彼女は全部を見えるところへ出します。
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