第45話 動く地方
王都銀行前の長蛇の列は、まだ消えていない。それでも、混乱そのものは抑え込まれつつあった。
その日、港湾から急報が入った。
「クラウゼン領より、商船団到着!」
積荷は塩と鉄。だが、それだけではなかった。
「地方連合共同信用証書」
市場がざわめく。地方の商人連合が、王都商会との短期流動保証契約を締結したのだ。実質的な資金補填だった。
報告を受けたガイウスが、低く確かめる。
「三割補填、実行されたか」
「はい」書記官が頷いた。「地方信用証書は、王都市場でも受理され始めています」
レオポルドの目が、わずかに動いた。
「市場はどう反応している」
「……落ち着き始めました」
信用は理屈では動かない。誰が支えるか、それだけで動く。王都銀行株の暴落は止まり、取り付けも減っていった。
夜、私は港に立っていた。ヴィクトールが隣にいる。
「派手なことをしたな」
「約束しましたから」
「国家を支えると?」
私は頷いた。
「地方も国家です」
彼は小さく笑った。
「王都の貴族がどう思うかね」
「思惑はどうでもいい。結果が出ればいいのです」
その結果は、翌朝の数字に出た。流動指数、回復傾向。
ガイウスは静かに報告を聞いていた。
「……早いな」
「地方は、どこまで動ける」
レオポルドが問う。
「現状維持なら二か月です」
沈黙が落ちる。
「制度があれば?」
ガイウスは答えなかった。だが、理解はしている。制度化すれば、この動きは二か月では終わらない。
そこへ、新たな報告が入った。
「王都銀行副頭取、失踪」
空気が凍った。
「何だと」
「昨夜から所在が不明です」
「偶然が重なるな」
アルベルトが静かに言う。
レオポルドの目が鋭くなった。
「帳簿は」
「一部に、改竄の形跡が」
静寂。私は息を止めた。内部不正。外債の操作か、意図的な信用の揺さぶりか。
「これは……」ガイウスが低く言いかける。
「まだ断定するな」レオポルドが遮った。
だが、その目は冷たかった。
「調査を秘密裏に進めろ」
アルベルトが一歩前に出た。
「殿下、これは地方資金の動員と無関係とは言えません」
視線が私に向く。私は動じなかった。
「帳簿の改竄は、地方の責任ではありません」
「だが、時期が重なる」
「だからこそ、透明化が必要です」
沈黙のあと、レオポルドが静かに言った。
「今は協力が優先だ」
アルベルトの目が、わずかに細くなった。
夜、客間で一人、書類を見ていた。外債、短期借入、担保の再評価。そして改竄の痕跡。
偶然ではない可能性が高い。誰かが、意図して信用を揺らした。中央の内部か、それとも外部の勢力か。
私はゆっくりと息を吐いた。危機は利用される。だが、危機は隠れていたものを暴くこともできる。
扉が叩かれた。
「殿下がお呼びです」
深夜の白曜宮。レオポルドは一人で立っていた。
「地方は国家を救った」
低い声だった。
「だが裏で、誰かが国家を傷つけている」
視線が合う。
「協議院案は凍結した」
「承知しています」
「だが」
彼は続けた。
「今、私は中央だけを信じられぬ」
静かな告白だった。この人がそれを口に出すまでに、どれだけの時間がかかったのかは分からない。
「お前はどう見る」
私は答えた。
「信用は、数字で回復できます。ですが信頼は、構造でしか守れません」
沈黙。
「協議院は、今こそ必要です」
彼の目が揺れた。まだ決断は出ない。それでも、均衡は確かに変わり始めている。
国家は、揺れている。そして。
敵は外だけではない。
敵の見つけ方が変わると、味方の数え方も変わります。
――内側の裏切りにひやりとした方は、ブックマークを。




