第42話 設計図
白曜宮・客間。机の上には、幾重もの草案が広がっていた。
「地方協議院……」
ガイウスが低く読み上げる。地方代表七名、中央官僚七名、議決は王太子の承認制。
「中央の最終権限は維持されます」私は答えた。「ですが、地方の提案が制度として上がる形になります」
ガイウスは静かに私を見た。
「野心的だ」
「現実的です」
彼は数字に目を落とした。税収再分配率を三%調整、危機時の地方積立基金を設置。
「中央の即応資金が減る」
「地方が安定すれば、中央の支出も減ります」
ガイウスはわずかに笑った。
「理屈は通る」
だがその目は、まだこちらを試している。理屈が通ることと、議場を通ることの間には、何十年ぶんかの距離がある。
「軍費はどうする」
「外交と軍事は中央の専権のままです。地方は経済強化に集中します」
そこへ、扉が叩かれた。書記官が慌てた様子で入ってくる。
「大宰相閣下」
「何だ」
「王都銀行本店にて、取り付け騒ぎが発生しております」
空気が止まった。
「規模は?」
「まだ限定的ですが……隣国の商会が、資金の引き揚げを始めています」
ガイウスの目が鋭くなる。
「理由は」
「隣国ノルディアが、貿易関税の引き上げを示唆したとのことです。王都財政の不安定化を懸念している、という噂が出ています」
私の背筋が冷えた。数字が動くより先に、噂が動いている。いちばん厄介な順番だ。噂で始まった不安は、数字で止められない。
「噂は広がる」ガイウスが静かに言った。「銀行の信用が揺れれば、国家が揺れる」
「地方連合は関係ありません」
私は即座に言った。
「今はな」
低い声だった。
「だが王都銀行が揺らげば、地方への融資も止まる」
理解した。これは、中央だけでは対処が難しい種類の危機だ。
「殿下は?」
「対応を協議中だ」
沈黙のあと、ガイウスが私を見た。
「エリス・フォン・クラウゼン」
「はい」
「お前の地方ネットワークだ。流動資金は、どれほど動かせる」
問いは突然だった。だが、本質を突いている。私は即座に計算した。塩業、鉄、商人基金。
「短期であれば、地方間の融資で三割は補填できます」
ガイウスの目がわずかに動いた。
「中央を、支えると?」
「国家は、中央だけではありません」
私は静かに言った。
「地方も、国家です」
その瞬間、扉が開いた。レオポルドが入室する。金の瞳は冷静だ。だが、確かに緊張を帯びている。
「王都銀行は持ちこたえる」
彼は言った。
「だが隣国の圧力は本気だ」
「外交交渉を?」
「進めている」
沈黙。彼の視線が私に向いた。
「地方は動けるか」
試験ではなかった。必要とされている。私は迷わず答えた。
「動きます」
「条件は」
ガイウスが問う。
「協議院案の、審議継続を」
レオポルドの目がわずかに細くなった。大胆なことを言っている自覚はある。
「国家の危機を、取引に使うか」
低い声だった。私は首を振る。
「違います。危機だからこそ、制度が必要なのです」
沈黙が続いた。レオポルドはしばらく私を見ていた。やがて、静かに言う。
「地方資金の動員を認める。その代わり、全ての流動を中央の報告下に置け」
「承知しました」
緊張が、わずかに緩む。だが、危機は始まったばかりだった。
隣国ノルディア。王都銀行。そして、信用。国家は揺れ始めている。
私は設計図を握りしめた。机の上の草案は、昨日まで机上の話でしかなかった。それが今日、国家の資金繰りと同じ紙の上に並んでいる。これは理論ではない。実証の機会だ。
国家が崩れるか、再設計されるか。
その分岐点に、私は立っている。
――隣に誰が立つのかは、これから決まる。
設計図を引いている間に、王都銀行の前には列ができます。




