第39話 王都召喚
王都からの使者は、夜明けとともに到着した。白銀の紋章、王家直属の印。
広場に緊張が走る。使者は簡潔に告げた。
「王太子殿下の名において、エリス・フォン・クラウゼンを王都へ召喚する」
沈黙が落ちた。逃げ道はない。拒否は、そのまま反逆になる。書式はそこまで計算して作られていた。
私は一歩前に出た。
「承ります」
ざわめきが広がる。マリアが小さく息を呑み、ヴィクトールは無言のまま腕を組んだ。
使者が差し出した書簡には、こうあった。国家財政構造に関する協議。日付は指定されていたが、期間は書かれていない。いつ帰れるかを書かない召喚状を、私は一度だけ見たことがある。
協議。処罰ではない。だが、試験の続きだ。
夜、執務室に三人だけが残った。
「危険だ」ヴィクトールが低く言う。「王都の中枢だぞ」
「ええ。ですが、逃げれば終わります」
「罠かもしれない」
「その可能性もあります」
「そもそも、あんたは王都への立ち入りを禁じられていたはずだ」
ヴィクトールが言った。私は書簡を指で叩く。
「禁止を出した側が、召喚状を出しています。書式の上では、禁止はもう無いのと同じです」
紙一枚で作られた禁止は、紙一枚で消える。私を追い出した手続きが、そのまま私を呼び戻す手続きになっている。
沈黙のあと、私は言った。
「それでも、行きます」
マリアが静かに問うた。
「領主様は……怖くありませんか」
一瞬、断罪の記憶が蘇る。あの日の冷たい視線と、先に作られていた物語。あのとき私が持っていたのは、正しい帳簿だけだった。それは何の役にも立たなかった。
私はゆっくりと息を吐いた。
「怖いです」
二人が驚いた顔をする。
「ですが、今は一人ではありません」
広場の拍手を思い出す。リリアの涙も。
「守るべきものがあります」
ヴィクトールが小さく笑った。
「随行する」
「商人として、ですか」
「連合代表の一人としてだ」
マリアも続けた。
「私も同行します」
二人とも、王都で何が起きるか分かった上で言っている。二年前、同じ言葉を言ってくれる人は一人もいなかった。
私は少しだけ微笑んだ。
「ありがとうございます」
翌朝、出発した。街道を進みながら考える。王太子レオポルド、国家の守護者。彼は敵ではない。だが、味方でもない。
やがて王都が近づいてきた。高い城壁、白い塔、そして私が断罪された王城。心臓が、わずかに強く打つ。
「……あの日の方々は、まだ王都にいらっしゃるのですか」
マリアが、小さく訊いた。道中ずっと、訊けずにいた顔だった。
「いるでしょうね」
私は前を見たまま答えた。誰も罷免されていないし、誰も撤回していない。あの日の署名は、いまも有効なまま王城の書庫のどこかにある。撤回されない書類は、撤回する理由を誰も持たなかったという記録でもある。
門が開く。王都は以前と変わらない。石畳も、衛兵の立ち位置も、鐘の鳴る間隔さえ同じだった。変わったのは私の方だ。罪人としてではなく、地方の代表として、国家の構成者としてここへ来た。
案内されたのは白曜宮――ただし玉座の間ではなく、円卓の会議室だった。
王太子レオポルドが、静かに立っていた。金の瞳、整った姿勢、揺るがない気配。
視線が合う。数秒の沈黙。
「久しいな」
低く、落ち着いた声だった。
「エリス・フォン・クラウゼン」
私はゆっくりと礼をした。
「王太子殿下」
空気が張り詰める。
「地方の秩序を揺らした者としてではない」レオポルドは言った。「国家の一部として、来たのだな」
私は顔を上げた。
「はい」
一歩も引かずに続ける。
「国家の構造について、対話に参りました」
わずかに、レオポルドの口元が動いた。
「よろしい」
彼は席に着いた。
「では、始めよう」
国家と地方。思想と思想。
本当の対話が、始まる。
対話の場は、扉を開けたまま行われます。
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