第38話 国家の使者
王都監査団の到着は、静かだった。旗も鳴り物もない。それでいて、威圧だけは十分に伝わってくる。
先頭に立つのは、三十代半ばの男だった。
「王都財務院特別監査官、ユリウス・カーン」
低く、落ち着いた声。背後に書記官が三名、護衛が二名。
「地方財政透明化法案に基づき、監査を実施する」
広場に緊張が走った。私は一歩前に出る。
「クラウゼン領主、エリス・フォン・クラウゼンです」
視線がぶつかる。敵意はない。だが、妥協もない目だった。命令を受けて来た人間ではなく、確かめに来た人間の目だ。
「法案は、王都議会にて正式に可決された」
ユリウスは書簡を差し出した。全帳簿の開示、連合協定内容の提出、信用証書制度の詳細報告。
「承知しています」
私が即答すると、周囲でざわめきが起きた。ヴィクトールが小声で言う。
「抵抗しないのか」
「合法です。拒めば、国家の敵になります」
監査団は領主館へ入り、机に帳簿が並べられた。ユリウスが一冊ずつ目を通していく。
「……整理されている」
驚きを隠せない声だった。
「透明性を重視しています。中央が疑う余地のない形に」
沈黙のなかで、書記官が次々に数字を照合していく。連合協定、依存率の推移、融資回収率。紙をめくる音だけが続いた。誰も質問をしない。質問が出ないのは、数字が揃っている時か、諦めた時かのどちらかだ。
夕刻、ユリウスがようやく顔を上げた。
「違法性は、見当たりません」
マリアがわずかに息を吐く。だが、彼は続けた。
「しかし」
空気が張り詰める。
「連合協定は、中央の税収構造に長期的な影響を与える」
「承知しています」私は答えた。「国家の安定は重要です」
ユリウスの目が、わずかに揺れた。
「理解しているのか」
「はい」
私は迷わず続けた。
「地方が自立すれば、中央は縮みます。ですが中央が縮めば、地方も守られない」
沈黙。ユリウスはしばらく私を見つめていた。
「では、何を望む」
「対話です」
即答だった。
「地方を管理の対象ではなく、構成要素として扱う制度設計を」
書記官たちが顔を上げる。
「大胆だな」
「現実的です」
私は机に手を置いた。
「国家は巨大です。地方は小さい。大きなものが全部を見ようとすれば、必ずどこかを見落とします。だからこそ、分担が必要です」
長い沈黙のあと、ユリウスは静かに書類を閉じた。
「報告は、そのまま上げる」
「感謝します」
彼は立ち上がり、扉の前で振り返った。
「殿下は、お前を試している」
空気が止まった。
「試す……?」
「国家の中で戦う覚悟があるか、を」
その一言で、すべてが繋がった。監査も、法案も、この訪問も、はじめから一つの問いだったのだ。
私は静かに息を吸った。
「あります」
ユリウスは、わずかに口元を緩めた。
「ならば、次は王都だ」
扉が閉まる。
夜、執務室で一人考えた。これは圧力ではない。試験だ。国家の一部として機能するのか、それとも異物として排除されるのか。
私はゆっくりとペンを取った。王都への書簡を書くために。地方の領主としてではなく。
国家の構成者として。
監査が終われば、次に呼ばれるのは本人です。




