第34話 中央の論理
王都、白大理石の議場に、重い空気が流れていた。窓の高い位置から差し込む光が、床の継ぎ目を白く割っている。
「……演説は確認したか」
低く、整った声だった。アルベルトは書簡を閉じる。
「はい。辺境連合は維持され、世論も一定の支持を得ています」
側近の報告に、アルベルトはゆっくりと椅子に背を預けた。
「感情を使ったか」
「冷酷な合理主義者、という印象が揺らいでいます」
「厄介だな」
その言葉に、焦りはない。彼は落ち着いていた。窓の外の塔と同じ姿勢で、この男はずっとそこに座り続けている。あの日、謁見の間で読み上げられた罪状を、王都の誰ひとり撤回していないし、確かめ直してもいない。確かめ直す気がないから、こうして落ち着いていられる。
「数字で戦う者は扱いやすい。感情を語り始めたのなら、厄介だ」
机の上には報告書が並んでいる。辺境連合の依存率低下、王都銀行の審査緩和、そして価格戦争の失敗。どの紙にも、失敗という語だけは書かれていない。
「損失は?」
「限定的です。ただし、他の領地が追随すれば影響は拡大します」
アルベルトは静かに目を閉じた。
「地方分権の連鎖、か」
「はい」
沈黙が落ちる。
「王太子殿下は?」
「静観を、と」
「当然だ。あの方は、決める前に必ず一度、退く」
アルベルトは立ち上がった。
「エリス・フォン・クラウゼン」
その名を、静かに呟く。
「断罪で消えるはずだった駒が、盤面を乱している」
彼は窓の外を見た。王都の塔が並んでいる。中央集権の象徴として建てられ、以来一度も動いていない塔だ。動かないものを守る側は、動くものを見ると必ず不安になる。
「地方が自立すれば、中央の均衡は崩れる」
側近が問うた。
「経済封鎖を強化しますか?」
「愚策だ」
即答だった。
「力で押せば、あれは英雄になる」
「ならば?」
アルベルトはゆっくりと笑った。
「孤立させる。王都ではなく、地方で」
彼は別の報告書を取り出した。連合参加領地の一覧、それぞれの主要産業と、王都との取引額が並んでいる。
「辺境連合は、信頼で結ばれている。ならば、そこを崩す」
「分断策を?」
「そうだ」
その目は冷たかった。
「悪役令嬢という物語は使える。だが、足りない」
「何が足りないと」
「疑念だ」
静かな声だった。
「彼女は、最後まで連合を守るか?」
側近が理解の色を浮かべる。
「代表辞任の騒動……」
「揺らいだ。合理主義者は、必ず損得で動く。その疑念を、外から植え付ける」
「どうやって?」
「簡単だ」
彼は机に指を置き、一覧の一行を軽く叩いた。
「連合の一領地に、特別優遇案を提示する。中央と個別協定を結べば税を軽減し、資金支援も出す」
「……分断」
「連帯は理想だ。だが利益の前では揺らぐ。裏切らせる必要すらない。迷わせれば足りる」
彼は静かに言った。
「エリス・フォン・クラウゼン。お前は感情を語った。ならば、人の感情で崩す」
遠くで、鐘が鳴った。会議は終わらない。王都は、まだ本気を出していない。だが。
次の一手は、確実に放たれた。
中央が狙うのは、いちばん新しい結び目です。




