第32話 揺らぐ連合
会議室の空気は、重かった。
辺境連合の代表者たちが長机を囲んでいる。顔ぶれは前回と同じだ。だが、あのときの前向きな熱は、どこにも残っていない。
「王都の報道は、無視できません」
南方領主が静かに口を開いた。
「我々は“反中央勢力”と見なされ始めている」
「事実ではありません」
私は即座に答えた。
「連合の目的は自立であり、対立ではありません」
「王都はそう見ていない」
別の代表が低く言った。
「税制再統合法案が提出された。地方の裁量を制限する動きだ」
ざわめきが広がる。ヴィクトールが腕を組んだまま言った。
「焦っているのは王都だ」
「だが、巻き込まれるのは我々だ」
沈黙が落ち、その視線が私に集まった。
「エリス殿」
南方領主が慎重に言葉を選ぶ。
「あなたの改革は評価している。だが――」
そこで、わずかに止まった。
「あなた個人への反発が、強まっている」
胸の奥が冷たくなる。次に来る言葉は、聞く前から分かっていた。
「連合は、あなた抜きでも成立するのではないか?」
その一言で、空気が凍った。マリアが息を呑む。ヴィクトールがゆっくりと顔を上げた。
「……それは本気で言っているのか」
「感情論ではない」代表は続けた。「王都は、エリス個人を問題視している。ならば、代表を変えれば圧は弱まる」
合理的だった。合理的すぎるほどに。私が同じ立場なら、同じ計算をして、たぶん同じ言葉を口にしていた。
私は反論を探した。だが、言葉が出てこない。彼の言う通りだからだ。連合が狙われているのではない。“私”が狙われている。
「……分かりました」
私はゆっくりと言った。視線が集まる。
「連合の代表を、辞します」
「領主様!?」
マリアが声を上げた。ヴィクトールが机を叩く。
「何を言っている」
「合理的です。連合は残るべきで、個人は代替可能ですから」
部屋がざわめいた。
「あなたが言うのか」ヴィクトールの声は低い。「ここまで来たのは、誰だ」
「構造です。私ではありません」
そう答えながら、自分でも分かっていた。これは本音ではない。ただ、いちばん傷つかない言い方なだけだ。
南方領主が、ゆっくりと首を振った。
「……そこまで冷たいか」
その言葉が、思っていたよりも深く刺さった。
「冷たい?」
「あなたは常に合理的だ。だが、人は合理だけでは動かない」
私は、何も言えなかった。数字で反論できることには、いくらでも言葉が出てくる。数字で反論できないことには、一言も出てこない。
会議は、結論を出さないまま終わった。
夜、執務室に戻ると、マリアが震える声で言った。
「どうして、あんなことを」
「合理的だからです」
「違います」
即座に否定された。彼女がこの声を出すのを、私は初めて聞いた。
「それは、逃げです」
胸がわずかに痛む。
「連合は、あなたを信じたからついてきたんです。構造じゃありません」
言葉が重い。私は机に手を置いた。
「……私は」
そこで、初めて詰まった。私は、数字で守ることしか知らない。だが今問われているのは、そこではない。
悪役令嬢。冷酷な領主。合理主義者。どれも間違ってはいない。間違っていないからこそ、返す言葉がない。
「……私は」
続きは、見つからなかった。
窓の外、街の灯りがいつもより遠く見える。
経済は守った。だが、信頼は。私は、本当に守れているのか。
――その問いに、まだ誰も答えていない。
答えを持たないまま、彼女は翌朝の広場に立ちます。




