第28話 制度という武器
王都からの通達は、厚みがあった。
「……監査強化、特別調査、制度適正確認」
マリアが紙束をめくる。表題だけで三種類、中身はどれも似たような文言だ。
「名目は?」
「“辺境における急速な財政変動の検証”」
私は小さく息を吐いた。
「合法ですね」
価格戦争では勝ち切れなかった。ならば、制度で締める。順番として、正しい。
「信用証書制度についても、詳細の提出を求めています」
「潰しに来たな」
ヴィクトールが低く言った。
「ええ。王都銀行の独占に触れましたから」
書面にはこうある。領内金融行為が王都中央金融規定に抵触する可能性――可能性であって、断定ではない。
「完全に禁止することはできないのです。だから“確認”という形を取る」
「時間を削る気だな」ヴィクトールが腕を組む。「審査中は、拡張できない」
「その通りです」
制度とは、速度を止めるための武器でもある。刃を向けずに、こちらの足だけを縛る。
午後、監査官が到着した。若い。だが、目が冷たい。
「王都特別監査部、ユスト・ライナーです」
レオンハルトではなかった。それ自体が、明確な圧だ。あの人は次に取っておくということでもある。
「信用証書制度の運用記録を提出願います」
形式的な口調だった。私は書類を差し出す。
「すべて公開しています」
ユストは淡々と目を通していく。
「利率が低い。審査も、迅速すぎる」
「小口限定です。用途も限定し、返済履歴も透明化しています」
「王都銀行を介さない理由は?」
「融資停止が続いているためです」
短い沈黙のあと、彼は書面から目を上げずに言った。
「王都銀行は、適正な審査を行っています」
「存じています。ですが、結果として資金が止まっている」
ユストの目が、わずかに鋭くなった。
「制度を乱せば、経済は不安定になります」
「乱していません」
私は資料を示した。不良債権はゼロ、回収率は十割、延滞もない。感情の入る余地がない数字ばかりを、ここまで揃えてきた。
ユストはしばらく黙って、それから言った。
「……運用は、今のところ適正と判断します」
マリアがわずかに息を吐く。だが、彼は続けた。
「ただし」
空気が変わる。
「拡張は禁止。規模は現状維持とします」
ヴィクトールが低く舌打ちした。
「縛りか」
「合法的な安全措置です」
ユストは淡々と言い、監査を終えて去っていった。扉が閉まり、執務室に静寂が戻る。
「……止められましたね」
「拡張は、ですね」
私は机に指を置いた。
「ですが、止まってはいません」
「どういうことだ」
ヴィクトールが問う。私は別の資料を取り出した。商人連合共同基金案。
「信用証書は、領の制度です。共同基金は、商人同士の契約になります」
「王都は?」ヴィクトールが目を細める。
「介入できません。民間の契約ですから」
沈黙が落ちた。彼は資料をもう一度見て、それから低く言った。
「……最初から、二段構えか」
「制度は、使い分けるものです」
王都が公式の制度を縛るなら、こちらは非公式な枠で回す。縛られた場所からは動かず、縛られていない場所を動かす。
「だが、監視は強まるぞ」
「ええ」
私は窓の外を見た。市場は、完全には崩れていない。
「王都は、私を制度違反で潰したい。だから、違反しません」
「そして?」
「構造を変えます」
私は静かに微笑んだ。制度は武器だが、武器は両刃だ。王都が縛るたびに、こちらは新しい枠を一つ作ることになる。
王国経済への不当介入。断罪の日に読み上げられた罪状は、それだった。介入したのは誰なのか、この通達の束を並べて数えてみればいい。
数えたところで、王都は認めないだろうが。
机の上の依存率を書き直す。塩が七割、鉄が七割弱、金融が七割。まだ高い。それでも私はペンを走らせた。
――金融依存、五割以下へ。
五割。
この数字を王都が知ったとき、向こうは何を切ってくるだろう。
切り札は、持っているうちは効きません。




