第27話 価格戦争
王都の反撃は、露骨だった。
三日後、市場に貼り出された新しい価格表に、ざわめきが走った。
「……下げました」
マリアが掲示板を見つめる。王都塩業組合、王都鉄業組合。どちらも、価格二割引き。
「原価割れですね」
「赤字覚悟だ」
ヴィクトールが低く言った。
王都は、利益ではなく支配を取りに来た。損を出してでも、こちらの流れを断ちたいのだ。
午後、商人たちが集まってきた。南方塩はどうする、王都塩の方が安いぞ――当然の反応だった。価格が下がれば、人も金もそちらへ流れる。
「……ここで崩れますね」
マリアが静かに言う。私は冷静に計算した。王都価格が二割減、こちらの塩は一割安。数字の上で、完全に逆転されている。
「想定内です」
「本気で言っているのか?」ヴィクトールが睨む。「価格戦争に勝てるのか」
「勝ちません」
即答すると、彼は言葉を失った。
「……何?」
「価格で勝つ必要が、ないのです」
私は資料を広げた。王都が今の価格を維持できる期間は、最大で二か月。組合の資金余力から逆算した数字だ。
「二か月も持つのか」
「持ちます。ですが、続きません」
「なぜだ」
「他の領地に波及するからです。クラウゼンだけを狙うなら可能でした。ですが価格を公表した時点で、他領も同じ条件を要求します」
ヴィクトールが、ゆっくりと理解の色を浮かべた。
「……値下げを、固定化させるのか」
「はい。王都に“安値の前例”を作らせます」
市場では、南方塩が売れなくなり始めた。それでも私は止めなかった。
「在庫は?」
「減っていますが、致命的ではありません」
「そのまま売り続けます」
「赤字になるぞ」
「構いません。これは投資です」
二日後、王都鉄の価格がさらに一割下がった。ヴィクトールが机を叩く。
「ここまで来るか」
「来ます」
私は数字を示した。王都組合の備蓄量、輸送費、維持費。並べれば、彼らの体力がどこまで残っているかは読める。
「……赤字だな」
「ええ」
価格戦争は、結局のところ資金の戦いだ。だが、資金には底がある。
その夜、王都以外の隣接領地から書簡が届いた。クラウゼンでの王都価格を確認した、同じ条件での供給を要請する――そう書かれていた。
マリアが目を見開く。
「……来ました」
「ええ。波及です」
王都はクラウゼンだけを締めるつもりだった。だが価格を下げた瞬間、その値札は全ての領地から見えるようになる。
「……自分で首を絞めたか」
ヴィクトールが低く笑った。
「まだ分かりません」私は慎重に言った。「王都が選べるのは二択です。価格を戻して独占を守るか、安値を広域に適用して利益を削るか」
どちらを選んでも、痛む。痛みの場所が違うだけだ。
三日後、王都塩の価格は据え置き、鉄は微上昇となった。
マリアが小さく息を吐く。
「……戻しましたね」
「完全な勝利ではありません」私は帳簿を閉じた。「ですが、価格戦争は終わりです」
ヴィクトールが深く息を吐いた。
「よく読んだな」
「構造です。資金は、無限ではありませんから」
市場は少しずつ落ち着いていった。南方塩も再び売れ始め、鉄の供給も戻ってくる。
だが私には分かっていた。これは第二ラウンドに過ぎない。王都はまだ、本命を出していない。
机の上に、新たな報告が置かれた。王都より、監査強化通達。
私は静かに息を吐いた。制度で殴られるなら、制度で返すまでだ。
ただ、王都がこの通達に何を伏せたのかは、まだ読めない。
殴り返すための道具を、彼女は書類の山から選びます。




