第2話 追放処分は左遷と同義である
王城を出た馬車は、ゆっくりと石畳を進んでいた。
窓の外に広がる王都の街並みは、相変わらず華やかだ。整えられた建物、行き交う人々、露店の賑わい。だがその裏側で、この街が慢性的な財政難に陥っていることを、知る者は少ない。
私は膝の上に置いた書類の束に視線を落とした。辺境領クラウゼンに関する、最低限の資料。追放処分が決まった直後に渡されたものだ。
……あまりに簡素だ。
歳入と歳出の内訳は大雑把で、年度ごとの比較もない。人口推移も、農地の状況も、断片的な情報ばかり。まるで「どうせ立て直せない」と最初から決めつけているようだった。
「なるほど」
私は小さく息を吐く。
王都にいた頃、何度も見た光景だ。改革を嫌う組織ほど、情報を整理しない。整理すれば、問題が可視化されてしまうから。
――つまり。
「これは、典型的な左遷案件ね」
追放。そう呼ばれてはいるが、実態は明確だ。目障りな存在を、中央から遠ざけるための処分。
王都の帳簿にも、同じ形が何度も残っていた。派手な処罰を下すより、地方へ飛ばした方が静かで確実。そこで潰れれば良し、奇跡的に成果を出しても、手柄は奪える。
そういう、便利な場所。
馬車が王都の城門をくぐる。その瞬間、胸の奥に、奇妙な安堵が広がった。
――もう、あの場所で消耗しなくていい。
感情論ばかりの会議。責任を取らない上層部。数字を見ない王太子。
思い出すだけで、頭が痛くなる。
「……追放されて正解だったかもしれないわね」
私は誰にともなく呟いた。
資料をめくり、辺境領の現状を整理する。まず目につくのは、恒常的な赤字。歳入の大半は農業税だが、収穫量が年々減っている。理由は明白だ。
農地の管理が放置されている。灌漑設備は老朽化し、修繕予算も計上されていない。役人は「予算がない」の一点張りだが、実際は――
「中抜き、ね」
帳簿の数字が、微妙に合わない。大きな差ではないが、積み重なれば無視できない額になる。
次に人口。若者の流出が激しく、労働力が不足している。にもかかわらず、税負担は据え置き。これでは、残る者もいなくなる。
最後に、領政の体制。管理職の多くが世襲。能力評価の形跡なし。
……型どおりの失敗例だ。だが、私は思わず口元を緩めた。
「問題が分かりやすいのは、悪くない」
複雑に絡み合った利害関係も、宗教的なタブーもない。ただ、無能と怠慢と腐敗が、放置されているだけ。
なら、やることは一つだ。
「全部、洗い出す」
感情を挟む必要はない。誰が悪いかではなく、どこが機能していないか。それを切り分けるだけ。
馬車が揺れ、道が次第に荒れていく。王都から離れている証拠だ。
窓の外を見れば、整備されていない道。ところどころに見える、手入れの行き届いていない畑。資料の数字が、現実として迫ってくる。
「……これは、相当ね」
だが、不思議と恐怖はなかった。むしろ、胸の奥に、久しぶりの感覚が芽生えている。
やりがい。
王都では、改革案を出すたびに嫌われた。正論を言えば言うほど、煙たがられた。
だが、ここでは違う。誰も期待していない。誰も、私の成功を恐れていない。
ならば――自由だ。
「まずは、現状把握」
私は指を折って考える。
一、帳簿の完全提出。二、役人全員の業務内容確認。三、農地と人口の実地調査。
三日。それだけあれば、方向性は見える。
「……三日で十分ね」
馬車の外で、御者が声を上げた。遠くに、辺境領クラウゼンの領都が見えてきたらしい。
私は書類をまとめ、膝の上に置く。
追放された悪役令嬢。その肩書きは、もうどうでもいい。
必要なのは、結果だけだ。
馬車が止まり、扉が開く。乾いた風が、外から流れ込んできた。
――さて。
ここからが、本番だ。
辺境の領都で、彼女は最初にその呼び名を自分から引き受けます。




