第16話 味方が増えるということ
変化は、命令したところからではなく、別の場所から始まった。
「……領主様、こちらをご覧ください」
朝の執務室で、マリアが一枚の書類を差し出してきた。差出人は、若手役人の名が連なっている。
「これは?」
「自主提案書です」
「部署横断で、業務の簡略化案をまとめたそうで」
私は、わずかに眉を上げた。
――自主的に、だと?
書類に目を通す。内容は粗い。だが、的確だ。
無駄な承認工程の削減。書式の統一。情報共有の簡略化。
「……よく現場を見ていますね」
「はい」
「しかも、誰に言われたわけでもなく」
マリアの声には、はっきりとした驚きがあった。私は、静かに息を吐いた。
「ようやく、ですね」
「何が、でしょうか」
「“上を見て仕事をする段階”を、越えました」
以前は違った。役人たちは、私の顔色を見て動いていた。命令されるか、処分されるか。その二択の中で、どちらも選ばずに済む位置を探していた。
だが今は――。
「“仕事そのもの”を見始めています」
午前中。若手役人たちを執務室に呼んだ。
緊張した面持ちで並ぶ彼らに、私は言った。
「提案、読みました」
「採用します」
一瞬、理解できないという顔。次に、喜び。そして、不安。
「ただし」
私は、続ける。
「責任も持ってください」
「結果が出なければ、元に戻します」
「……はい!」
声が、揃った。そのやり取りを、少し離れた場所から見ていたハインツが、小さく笑った。
「……変わりましたな」
「ええ」
私は、頷いた。
「命令しなくても、動くようになっています」
午後。別の報告が入った。
「領主様」
「税務の方で、不審な問い合わせがありました」
「どのような?」
「王都の名を出し、内部資料を求めてきたそうです」
「……ですが」
「ですが?」
「担当者が、独断で断りました」
私は、思わず手を止めた。
「理由は?」
「“正式な手続きを踏んでいない”と」
マリアが、誇らしげに言う。
「以前なら、応じていたかもしれません」
「でも、今は――」
「線を引いた」
私は、静かに頷いた。
これが、“味方が増える”ということだ。私一人で防ぐのではない。私がいない場所で、私が知らないうちに、誰かが線を引く。組織が防ぐというのは、そういう形をしている。
夕方。若手役人の一人が、恐る恐る声をかけてきた。
「……領主様」
「どうしましたか?」
「もし、王都から圧が強まったら……」
「この改革、止めますか?」
私は、即答しなかった。少しだけ考えてから、答える。
「いいえ」
彼は、驚いたように目を見開く。
「止めません」
「やり方を、変えるだけです」
「……それは」
「負けではありません」
私は、穏やかに続ける。
「生き残るための、調整です」
彼は、ゆっくりと頷いた。
「……分かりました」
その夜。執務室に残ったのは、私とマリアだけだった。
「……少し、安心しました」
彼女が、ぽつりと呟く。
「何がですか?」
「全部、領主様一人で背負うわけじゃないって」
私は、ペンを置いた。
「最初から、そのつもりはありません」
「でも……」
「一人でやる改革は、独裁です」
「続く改革は、組織がやるものです」
窓の外では、街の灯りが静かに揺れている。もう、この街は私一人のものではない。半年前、私が倒れていれば全部が止まった。今は、たぶん止まらない。
机の上には、次の報告書が置かれていた。
――王都監査官来訪予定。
私は、その文字を見つめる。
「……来ますね」
マリアが、静かに言った。
「ええ」
私は、落ち着いて答えた。
「準備は、できています」
味方は、確実に増えている。
王都からの書状に書かれていた私の肩書きは、「クラウゼン領主代行」だけだった。婚約者だった女の名も、断罪された令嬢の名も、そこにはない。
――向こうは、私を別人として扱うことにしたらしい。それなら好都合だ。
だからこそ――次は、正面から受けて立つ。
王都からの使者は、翌朝にはもう門の前に立っています。
――味方が増える回が好きだという方、評価をひとつ。




