第13話 取り残される者たち
改革が進むにつれて、領主館の雰囲気は明らかに変わっていた。
以前のような重苦しさはない。だが、その代わりに、別の緊張が漂っている。
「……この配置換え、本当に必要なのですか」
執務室でそう言ったのは、初老の役人だった。長年、同じ部署に勤め、特に問題も起こさず、淡々と仕事をしてきた男だ。
「必要です」
私は、即座に答えた。
「今の体制では、業務量に偏りがあります」
「あなたの部署は、仕事が少なすぎる」
「ですが……」
「これまで、それで回ってきました」
「“回っていた”のではありません」
私は、書類から目を離さずに言った。
「止まりながら、落ちていただけです」
男は、言葉を失った。回っていたはずのものが、実は落ちる速度を緩めていただけだと、彼自身がいちばん先に気づいていたのだろう。
「誤解しないでください」
私は顔を上げる。
「あなたが無能だと言っているわけではありません」
「ただ、今のやり方では、この領地は立ち直れない」
「……では、私はどうすれば」
声が、わずかに震えている。
「選択肢は三つです」
私は、指を折った。
「一つ。再配置を受け入れ、新しい仕事を覚える」
「二つ。退職支援を受け、別の道を探す」
「三つ――」
一瞬、間を置く。
「何もせず、ここにしがみつく」
男は、ゆっくりと顔を伏せた。
「……三つ目は?」
「おすすめしません」
淡々と告げる。
「最終的には、居場所がなくなります」
残酷に聞こえるかもしれない。だが、嘘は言っていない。三つ目を選んだ人がどうなるかを、私はこの半年で何度も帳簿の上で見ている。
その日の午後。似たような面談を、何件も行った。
反発する者、黙り込む者、理解しようとする者。全員が、同じではない。同じ紙を見せても、受け取るものはこれだけ違う。
「……怖いのです」
ある女性職員が、小さな声で言った。
「新しいやり方に、ついていけるか分からない」
「それは、誰でも同じです」
私は、静かに答えた。
「私も、分からないことだらけです」
彼女は、驚いたように顔を上げた。
「ただ」
私は続ける。
「分からないまま止まるより」
「分からないまま動く方が、可能性はあります」
しばらくの沈黙の後、彼女は頷いた。
「……やってみます」
その言葉を、私は忘れない。理解した人ではなく、分からないまま踏み出した人の方が、たいてい先に形にする。
夕方。マリアが、面談結果をまとめて持ってきた。
「再配置希望、十二名」
「退職支援希望、五名」
「……保留が、三名です」
「妥当ですね」
私は、書類に目を通す。
「無理に引き止める必要はありません」
「ただし、支援はきちんと行ってください」
「はい」
マリアは、少しだけ安堵した表情を見せた。
「……厳しいですね」
「ええ」
私は、否定しなかった。
「でも、避けて通れません」
改革とは、誰も泣かせずに済む方法ではない。誰かの職を残せば、別の誰かの畑が消える。どちらを選んでも痛むのなら、痛みの理由が説明できる側を選ぶしかない。
夜。領都の酒場で、ある噂が流れていた。
「仕事を奪われた」
「冷たい領主だ」
「ついていけない者は、切られる」
それらは、完全な嘘ではない。だからこそ厄介だった。嘘なら数字で消せるが、本当のことの一部だけを切り取られたものは、数字では消せない。
その噂を、マリアが報告してきた。
「放置しますか?」
「いいえ」
私は、首を横に振った。
「明日、説明の場を設けます」
「反発が、強まるかもしれません」
「それでも、です」
私は、はっきりと言った。
「黙って進める改革は、独裁と同じです」
窓の外では、夜風が街を吹き抜けている。その風は、冷たいが、澱んではいない。
「……嫌われますね」
マリアの言葉に、私は小さく笑った。
「もう、慣れました」
机の上には、次の資料が置かれている。
――説明会資料(改革中間報告)。
支持と反発。その両方を受け止めて、初めて改革は根を張る。
資料をめくりながら、ふと思い出した。王都で私に向けられた言葉の中に、「説明しろ」というものは一つもなかった。
説明を求めない場所では、誰も間違いに気づけない。あの断罪は、そういう場所で行われた。
私は、深く息を吸った。
ここは、踏ん張りどころだ。
領地の外では、彼女の呼び名だけが先に広まっています。
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