表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪役令嬢にされたので辺境で領地改革していたら、いつの間にか国家の設計者になっていました ~断罪から始まる内政×金融×政治の国家再設計ファンタジー  作者: 白鷺ユウ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
11/74

第11話 水路一本で変わる景色

水路の修繕は、思っていたよりも静かに始まった。


大規模な工事ではない。鐘も鳴らさない。式典もない。


ただ、朝から人が集まり、土を掘り、石を運ぶ。それだけだ。


「……本当に、ここだけでいいのですか?」


現地で指揮を執るハインツが、地図を見ながら尋ねた。


「ええ」


私は頷いた。


「全体の水量を見てください」


「ここが詰まっているせいで、下流が死んでいます」


水路は長い。全てを直そうとすれば、時間も金も足りない。だが“要所”は必ずある。詰まりは一箇所でも、死ぬのは下流全部だ。逆に言えば、一箇所を通せば下流全部が戻る。


「ここを通せば、流れは戻ります」


「……なるほど」


ハインツは、納得したように頷いた。


工事に参加しているのは、領兵数名と、近隣の農民たちだ。賃金は出す。だが、強制はしていない。


それでも、人は集まった。前の年に呼ばれた賦役では、半分も来なかったとハインツが言っていた。


「今年、税が下がったからな」


「少しでも、畑を戻したい」


そんな声が、あちこちから聞こえる。


私は少し離れた場所で、その様子を見ていた。マリアが、隣に立つ。


「……不思議ですね」


「何がですか?」


「昨日まで、“どうせ無駄だ”って顔をしていた人たちが」


「今日は、自分から動いています」


私は、鍬を振るう人々を眺めながら答えた。


「希望が見えると、人は動きます」


「逆に、どれだけ命令しても、先が見えなければ動きません」


昼過ぎ。詰まっていた石と土が、ようやく取り除かれた。


「……来ますよ」


誰かが、そう呟いた。


次の瞬間。乾いていた水路に、音が戻る。


最初は細く、頼りない流れ。だが、次第に勢いを増し、下流へと走っていく。


「……水だ」


誰かが、声を上げた。


畑の方から、ざわめきが起きる。土が、色を変えていく。乾いた灰色から、濃い茶色へ。


「本当に……戻った……」


リリアが、水路の端にしゃがみ込み、流れを見つめていた。


「これで、畑が……」


「ええ」


私は、彼女の隣に立った。


「全部じゃありません」


「でも、ここは確実に戻ります」


彼女は、何度も頷いた。


夕方。畑を見回ると、変化は一目瞭然だった。


まだ芽は出ていない。だが、土が生きている。指で押せば沈む程度には水を含み、朝には霜ではなく露が降りるようになるはずだ。


芽が出るまでに何日かかるのかは、まだ誰にも分からない。


「……これだけで、違うんですね」


マリアが、感慨深そうに言う。


「ええ」


「だから、最初は“一本”でいい」


私は、ハインツに視線を向けた。


「次は、ここから分岐する水路です」


「同じやり方でいきましょう」


「了解しました」


彼の声には、迷いがなかった。


領主館へ戻ったのは、日が落ちてからだった。疲労はある。だが、それ以上に、確かな手応えがあった。


執務室で、帳簿を開く。


修繕費。人件費。資材費。


――安い。


全面改修に比べれば、十分の一以下だ。それでいて、効果ははっきりしている。


「……これは」


マリアが、数字を見て目を見開く。


「来年の収穫予測、上方修正できます」


「ええ」


私は、静かに息を吐いた。


「しかも、保守費用も下がります」


「無理のない設計ですから」


机の上に、新しい報告書が置かれる。農地回復見込み。税収回復予測。


どれも、まだ“予測”に過ぎない。だが、根拠のある予測だ。


「……領地が、生き返っています」


マリアの言葉に、私は首を横に振った。


「いいえ」


「元々、生きていました」


「ただ――」


私は、窓の外、夜の街を見た。


「塞がれていただけです」


その夜。領都の酒場では、久しぶりに明るい声が響いていた。


「水、戻ったらしいぞ」


「今年は、いけるかもしれん」


噂は、数字より早く広がる。そして、それは必ず王都にも届く。届いたとき、向こうが最初に考えるのは、この土地が豊かになったかどうかではない。取れる額が増えたかどうかだ。私を追い出した人たちが、その数字を数えることになる。皮肉のつもりはない。たぶん、そういう仕組みなのだ。


私は机に向かい、次の書類を手に取った。


――財政中間報告書。


ここから先は。成果を、守る段階に入る。


それが、どれほど厄介なことか。


私は、よく知っていた。

変化が数字に出るころには、それを面白く思わない人も出てきます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ