表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
断罪された悪役令嬢は、数字で王都を締め上げる ~辺境領再建から始まる経済戦争~  作者: 白鷺ユウ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

11/47

第11話 水路一本で変わる景色

水路の修繕は、思っていたよりも静かに始まった。


大規模な工事ではない。

鐘も鳴らさない。

式典もない。


ただ、朝から人が集まり、土を掘り、石を運ぶ。

それだけだ。


「……本当に、ここだけでいいのですか?」


現地で指揮を執るハインツが、地図を見ながら尋ねた。


「ええ」


私は頷いた。


「全体の水量を見てください」

「ここが詰まっているせいで、下流が死んでいます」


水路は長い。

全てを直そうとすれば、時間も金も足りない。

だが――“要所”は、必ずある。


「ここを通せば、流れは戻ります」


「……なるほど」


ハインツは、納得したように頷いた。


工事に参加しているのは、領兵数名と、近隣の農民たちだ。

賃金は出す。

だが、強制はしていない。


それでも、人は集まった。


「今年、税が下がったからな」

「少しでも、畑を戻したい」


そんな声が、あちこちから聞こえる。


私は少し離れた場所で、その様子を見ていた。

マリアが、隣に立つ。


「……不思議ですね」


「何がですか?」


「昨日まで、“どうせ無駄だ”って顔をしていた人たちが」

「今日は、自分から動いています」


私は、鍬を振るう人々を眺めながら答えた。


「希望が見えると、人は動きます」

「逆に、どれだけ命令しても、先が見えなければ動きません」


昼過ぎ。

詰まっていた石と土が、ようやく取り除かれた。


「……来ますよ」


誰かが、そう呟いた。


次の瞬間。

乾いていた水路に、音が戻る。


最初は細く、頼りない流れ。

だが、次第に勢いを増し、下流へと走っていく。


「……水だ」


誰かが、声を上げた。


畑の方から、ざわめきが起きる。

土が、色を変えていく。

乾いた灰色から、濃い茶色へ。


「本当に……戻った……」


リリアが、水路の端にしゃがみ込み、流れを見つめていた。


「これで、畑が……」


「ええ」


私は、彼女の隣に立った。


「全部じゃありません」

「でも、ここは確実に戻ります」


彼女は、何度も頷いた。


夕方。

畑を見回ると、変化は一目瞭然だった。


まだ芽は出ていない。

だが、土が生きている。

それだけで、十分だった。


「……これだけで、違うんですね」


マリアが、感慨深そうに言う。


「ええ」

「だから、最初は“一本”でいい」


私は、ハインツに視線を向けた。


「次は、ここから分岐する水路です」

「同じやり方でいきましょう」


「了解しました」


彼の声には、迷いがなかった。


領主館へ戻ったのは、日が落ちてからだった。

疲労はある。

だが、それ以上に、確かな手応えがあった。


執務室で、帳簿を開く。


修繕費。

人件費。

資材費。


――安い。


全面改修に比べれば、十分の一以下だ。

それでいて、効果ははっきりしている。


「……これは」


マリアが、数字を見て目を見開く。


「来年の収穫予測、上方修正できます」


「ええ」


私は、静かに息を吐いた。


「しかも、保守費用も下がります」

「無理のない設計ですから」


机の上に、新しい報告書が置かれる。

農地回復見込み。

税収回復予測。


どれも、まだ“予測”に過ぎない。

だが、根拠のある予測だ。


「……領地が、生き返っています」


マリアの言葉に、私は首を横に振った。


「いいえ」

「元々、生きていました」


「ただ――」


私は、窓の外、夜の街を見た。


「塞がれていただけです」


その夜。

領都の酒場では、久しぶりに明るい声が響いていた。


「水、戻ったらしいぞ」

「今年は、いけるかもしれん」


噂は、数字より早く広がる。


そして、それは必ず、王都にも届く。


私は、机に向かい、次の書類を手に取った。


――財政中間報告書。


ここから先は。

成果を、守る段階に入る。


それが、どれほど厄介なことか。

私は、よく知っていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ