72話 葉月
俺達が電車から降りると何故か冷たい空気が通り過ぎた気がした。何か嫌な予感がした。しかしそれは俺以外の二人は何も感じていないようだった。
『佐久野さん、急ごう!』
羽野がそう言った。確かに時間がない以上あまりゆっくりもしていられなかった。
そして俺達は葉月の家の前にやってきた。
『たぶんここであってると思う・・・・・・』
佐久野がそう言った。今日は日曜日だったので出掛けていなければ家にいるはずである。
佐久野が息を呑んで家のチャイムを押した。するとスピーカーから声が聞こえてきたのだ。
『どちらさまですかー?』
高く通る綺麗な声だった。俺と羽野にはこの声の主が誰かはわからなかったが佐久野の目に涙を浮かべた表情を見て葉月の声だということがわかった。
『は、づき・・・?』
佐久野が声を振り絞るように出した。すると突然スピーカーが切れる音がした。
『え?』
俺達は三人同時に声が出た。いったいどういうことなんだろうか?何も話すことなく音が切れたぞ?
すると突然家のドアが開いたのだ。そして家の中から一人の女の子が飛び出してきた。
『色乃!』
彼女はそう言うと佐久野を抱きしめた。すぐに佐久野を抱きしめて顔がよく見えなかったが一瞬見ただけで間違いなく美少女とわかる顔立ちをしていた。
葉月が佐久野を離すと俺達の方へ目を向けた。そして羽野の方へ顔を近づけていった。羽野は驚いて顔を反らした。
『急になんだよ?』
羽野がそう言うと葉月は俺の方へ顔を向けた。
『あなた達誰?』
言われてみればそうである。俺達は何の面識もないのだ。そう言われるのが普通であった。俺が説明しようとすると
『この二人は新瀬君と羽野君。二人とも私にとって大切な人だよ』
佐久野がそう言った。すると葉月はふ~んと言ってちょっと不満そうな顔をした。
そして俺達は葉月の家に通してもらった。
『今日は皆出てて私以外誰もいないんだ!』
という彼女の笑顔に羽野が顔を赤く染めていた。
俺達はその後葉月に今俺達が置かれている状況とこれからすることを出来るだけ簡潔に伝わるように話した。
葉月は何も言わずにさらには表情一つも変えずに聞き続けた。恐らく途中で何を言っても無駄なのであろうと考えていたのだと思う。羽野とは少し違った感じだが彼女もかなり鋭い感覚を持っているんだと思った。
全て話し終えると葉月は俺の方へ顔を向けた。
『あなたが色乃とねー?ふ~ん?』
そう言って今度は俺の顔に近付いて来た。俺は恥ずかしくなって顔を反らした。葉月はそれを見て笑って話した。
『わかった!いいじゃない。彼なら色乃にぴったりだと思う!』
よくわからなかったが俺は葉月に認めてもらったのだろう。そして今度は葉月が悲しそうな顔をした。
『色乃もたくさん辛い目にあってきたんだね・・・・・・私も側にいれなくてごめんね・・・』
そう言うと葉月は泣き出してしまった。佐久野は葉月を慰めるように頭に手を置いた。
そして今度は急に元気なり
『私も行く!色乃がそんなことしようとしてるのに親友の私が側にいないなんてありえない!』
『でも葉月にもまた呪いが・・・』
佐久野がそう言いかけた瞬間葉月が佐久野の背中を叩いた。佐久野が痛いと大きな声を出した。
『何言ってるのよ!私はあなたと小さい頃からずっと一緒にいたのよ?今更そんなこと恐いもんですか!』
葉月がとても頼りになる存在であるというのがよくわかった気がした。それに佐久野ってこんな表情もするんだなと思った。新しい佐久野の一面を見れた気がして嬉しかった。
二人がそんなやりとりをしている時羽野だけがずっと考え込む感じでいたのだ。
『羽野、どうしたんだ?』
『いや葉月さんが一緒に来てくれるならお前達が実行するまで俺達二人で庇うことが出来るかもしれないと思ってさ』
すると葉月が羽野の方へ寄っていった。
『なるほど。私とあなたでこの二人を守ればいいのね!それに私を呼ぶのに、さんは付けなくていいよ!それとあなた達今から一緒に死のうとしてる仲だっていうのにいつまでも苗字に君、さん付けで呼んでんじゃないよ!今から全員名前で呼ぶこと!いい?!』
葉月の勢いに俺と羽野は戸惑ってしまった。俺は佐久野に近寄ると
『彼女って昔からあんななの?』
と小さい声で尋ねた。すると佐久野は小さく笑いながら、そうだよと答えた。
『それじゃあ、善は急げよ!色乃、典貴、光馬行くわよ!』
葉月が元気良くそう言って俺達は葉月の家を後にした。とうとう実行する時が近付いて来た。




