46話 帰還
私は毎日新瀬君の病室を訪れた。本当は私が近くに行くことによって彼に不幸が起こり意識が戻らないのではないかと思ったが、どうしても私は新瀬君の近くに行きたかった。時間が許す限りは彼の側にいた。そして私は新瀬君が好きなんだと思った。
『色君になんて言ったらいいのかな?色君だったら許してくれるかな?』
そう言いながら私は新瀬君の横に座っていた。息はしている。ただ意識は戻らない。
『新瀬君』
私は彼に呼びかけた。しかしやっぱり返事はなかった。色君の時と同じだった。何度呼びかけても返事がない。ただ色君の時と決定的に違うのは彼は生きているということだ。
それでもずっと眠っていたら状況は変わらないのかもしれない。
『どうして私の大切な人は皆、私の前からいなくなっちゃうの・・・私が何をしたって言うの・・・・・・』
私はその場で泣き出した。私はこの先もこんな絶望を味わって生きていかないといけないんだろか。
私はもう一度新瀬君の顔を見た。安らかな顔をしている。私は新瀬君の頬に手を当てて。温かい。そうだ、新瀬君は生きているんだ。私が彼を信じないとどうしようもない!
そして私は新瀬君の手を握った。
『新瀬君』
彼の名前を呼んだ。反応はなかった。でも私は諦めずに新瀬君の名前を呼び続けた。色君が諦めずに私の家に訪ねて来てくれたように。
『新瀬君、ねえ起きて。お願い・・・・・・』
神様。いるのなら新瀬君を助けて下さい。彼が目を覚ますなら私はなんだってするから。私はそう願った。
それからその日私はずっと新瀬君に呼びかけ続けた。もし彼が戻る方向がわからなくなっているのだとしたらその方向を教えるように。
ずっと呼び続けていたから私の声はどんどん枯れていった。
『佐久野さん今日はもう帰ろう?』
途中で羽野君がここへ来ていた。私が新瀬君にずっと呼びかけている姿を何も言わずに見守り続けてくれていた。しかし私の声が限界に近付いてることを察して止めてくれたのだ。
『お願い。最後までさせて』
私は羽野君の呼びかけを断った。羽野君は何も言わず椅子に座り直した。
私がずっと新瀬君の側にいるからなのかわからないが、羽野君も毎日新瀬君の病室を訪れているのにあれから1つも不幸と呼べることが起こっていないそうだ。今までこんなことはなかった。
そして面会の終了時間が近付いてきた。あと10分で病室から出ないといけない。
もう私の声はほとんど声にならない状態に近かった。それでも私は必死に彼の名前を呼び続けた。
『お願い、新瀬君。起きて』
彼は反応を見せない。そして私はもう一度祈った。今度は色君に。もし近くにいるなら新瀬君を助けて。私は泣いていた。
『もう帰ろう。佐久野さん』
羽野君が声をかけて私の肩を掴んだ。彼も泣いていた。私は首を横に振って
『嫌っ、お願い起きて典貴君!』
私がそう言った瞬間、握っていた手を握り替えされる感触を覚えた。
『典貴君?』
私はもう一度下の名前で彼を呼んだ。すると彼は、今度はしっかりと私の手を握り替えしてくれた。




