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交錯迷宮 ―『声』の聞こえる探索者と刀使いの文学少女―  作者: 雨坂 六路
第一部

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03 初探索



 紫雨に迷宮に連れて行ってほしいと頼まれてから一週間ほどたった頃。俊太郎は紫雨と共に迷宮に来ていた。


 探索者になるには、もっと時間のかかるものだと思っていたが、紫雨はすでに資格を得ていた。

 十八歳を過ぎている彼女は、誕生日の日に探索者組合で手続きを行っていたらしい。

 手回しの良さに、俊太郎も圧倒されたものの、悪あがきのように一つの条件を出した。

 それは彼女の母親の了承を得ることだ。

 

 母親の綾子は、紫雨の提案に一度意味ありげな視線を俊太郎によこしたものの、にやりと笑って『いいわよ』と返答したのだった。

 正直俊太郎は、許可がおりるとは思っていなかった。

 紫雨の父親は探索者だった。行方不明になって、最近ようやく亡くなったことが法律上で認められた。

 母親が何を考えているかはわからない。もうすでに彼女たちにとって探索者などはそれほど触れられない、禁忌的な物ではないのかもしれない。

 

 

 そんなわけで、組合でパーティーの申請や、彼女の装備を登録。

 何とか面倒なことは終わらせて迷宮に向かうのだった。

 

 

「今回来たのは簡易迷宮の一段階。主な魔物はゴブリン」


 ゴブリンはとても一般的な魔物だ。他の迷宮ですら、ゴブリンを見かけることはある。すばしっこいわけではないので、油断をしなければやられてしまうようなことは少ないと考えてこの迷宮にした。

 

 その上で、ゴブリンは人型の魔物である。遠距離の攻撃ではなく、紫雨が持つような刀のような武器で攻撃すると、どうしても斬りつけた感触や魔物を殺した感覚がダイレクトに伝わるはずなのだ。

 俊太郎は魔法を使って倒したことしかないため、その感覚は分からないものの、そういったものが苦手で探索者をやめてしまう人間は少なくないと聞いたことがあった。

 

 もしゴブリンが倒せないのなら、探索者はあきらめてもらう。

 こんなことを試すような立場にないのは、俊太郎も重々承知ではあるものの、彼女のような普通の女子高生にはできる限り、平穏な生活を送ってもらいたいと、わずかばかりの抵抗でもあった。

 

 

 俊太郎は魔法使いである。今までさんざん魔法の威力を高めるためだけに、装備を集めたりした。深界石という換金できる石をひたすら集め、換金したお金で魔法使い用の装備を組合で購入するのだ。

 

 けれども、今回は盾を構え、前衛をすることにした。

 

 紫雨は刀を持って戦う近接戦闘が主な戦い方ではあるが、俊太郎が魔物を引き付ける役をこなし、その隙に安全に攻撃させる方が危険が少ないと判断した結果である。

 

「マジックソード」


 一言呟くと、青みがかった半透明のショートソードが俊太郎の手のひらに収まる。

 魔法使いが近接戦闘をこなすときに、魔力の力を使って生み出した剣である。魔力をそれなりに使う割りに攻撃力はそれほどないようだが、今回はそれでもかまわない。

 左手に持つバックラーは組合で安値で購入したものだ。安値だけあって大した防御力は望めないものの、初心者が持つには十分な効果があるだろう。

 

 一層のゴブリンが森の中から歩いてくる。

 この迷宮は前回行ったウルフ型の迷宮とは違い、森の中を歩くことになる。森の中ではあるものの道はしっかりしている。道はうねうねと曲がったり、細道が見えたりはするものの、基本的に一本道だ。

 細道の先になにがあるかは分からないが、よほどのことがない限り、そんなところには入っていかないだろう。

 

 俊太郎はゴブリンと相対した。

 ゴブリンが持つこん棒は、良くても頑丈な木の枝と言ったところだ。

 けれども初めて受けた衝撃に、俊太郎は思っていたよりも強いのだと感じる。

 

『正面から受けたね』

『盾は受け流すようにしなきゃ駄目だよ』

『それをつづけたら、そのうち怪我しそうだ』

『ったく、変な知識教えるなよ。自分で気が付いてなんぼだろ』

『それで死んだら元も子もない』


 本人をよそに『声』が言いあいを始めてしまった。

 この『声』は紫雨には聞こえていない。その場で返事をしてしまうと、紫雨をほったらかしにするような気がして、俊太郎は黙っていた。

 

 そんなことを考えているうちに、刀の軌跡がきらりと煌めいてゴブリンの身体を通り過ぎていったように見えた。

 

 紫雨が刀を振るったのだ。初めてとは思えないほどに鋭い攻撃に驚くと同時に、ゴブリンは砂のように消えていくのが分かった。

 

『すごい。一撃だよ』

『シウちゃんカワイー』

『居合術かな。自然と取得する中では珍しいかも』



「大丈夫かい」


「はい。ちゃんとあたって良かったです」


 自分がスキルを発動したのが分かっているのか分かっていないのか、紫雨はあっけらかんとした態度でゴブリンを倒したことなどあまり気にしていないようだ。

 

 

 森に囲まれ、木々が風に揺れるたび、道を照らす木漏れ日もキラキラと輝いて見える。

 土の上を歩いている感覚までするのに、匂いがない。それが現実感のなさを引き立てる。 

 まるでVRのゲームでもしてるかのような体験だが、あながち間違っていないのかもと、俊太郎は考えていた。

 迷界という超高性能なVRゲームであるかのようだ。

 

 

 俊太郎はこんなに近くでゴブリンと戦ったのは初めてだった。

 今までは魔法で一撃で倒すのが当たり前だった。ゴブリンの身体は思っていたよりも筋肉質で重量があることが分かった。

 

 

 ゴブリンのこん棒が俊太郎を襲う。バックラーでこん棒の力を受け流すのを意識する。

 振り下ろされたこん棒。隙だらけのゴブリンの身体を俊太郎のマジックソードで斬りつけた。

 俊太郎の魔力攻撃の性能は高い水準にあるが、まだ慣れていないマジックソードでは一撃では倒せなかった。

 

 紫雨の掛け声が横から聞こえてくる。紫雨の準備が整った合図だ。俊太郎は少し距離を取ると、刀の閃光がきらりと輝く。

 パッと血しぶきをあげ、ゴブリンの返り血が紫雨にまともに降りかかった。

 しかし、その数瞬後には、返り血も含めて、ゴブリンの肉体もろとも粒子の光となって消えて行ってしまった。

 簡易迷宮の魔物は死体を残さない。まるで迷宮に還っていくように消えて行ってしまうのだ。

 

「本当に消えてしまうんですね」

 

 血しぶきが降りかかった紫雨は、綺麗になった手のひらや刀を不思議そうに眺める。

 

「簡易迷宮だからね」


「では土地型迷宮などでは死体が残されるのですか?」


「そういうことだね。僕も実際には見たことがないけど、魔物もまさにそこで生きているかのような生態をしているらしい」



 簡易迷宮では、魔物を倒すと一定の確率で何らかのアイテムを落とす。

 大抵の場合は『深界石』と呼ばれる蒼い色をした、不思議な石だ。

 これは組合で換金することができ、低ランクの迷宮などではこれが主な収入源である。

 

 ゴブリンが落とした深界石を拾うと、紫雨に渡した。

 紫雨が初めて手にした深界石だ。

 

「初めて手に入れた深界石は、記念に取っておく人もいる」


「思ったより小さいですね」


 小指の先ほどの大きさだが、一段階の迷宮でしかも一階層ではこんなものだ。

 


 それから、何度かゴブリンと戦ったが、正直危なげがない。

 先に俊太郎が攻撃してから、紫雨がトドメの一撃を加える形だが、ただの作業といった具合だ。

 紫雨の攻撃力が高すぎる。

 紫雨の持つ刀は、父親の形見だそうだ。おそらく値段に換算したら恐ろしい金額が提示されるのではないだろうか。

 

「二層にいってみるかい?」


「行ってみたいです」

 

 



お読みいただきありがとうございます。

次からは20時前に更新予定です。


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