02 『声』
紫雨の勉強部屋から階段をおりると、一階から料理をする音ががちゃがちゃと聞こえてくる。
どうやら、母親の綾子が帰宅して晩御飯を用意していた。
綾子が、俊太郎を晩御飯に誘ったが、俊太郎はそれを丁重に断りつつ家を出る。そのとき階段の方をちらりと見ると、紫雨がこちらを覗いているのが分かった。
玄関を出て一息つく。俊太郎はシャツのボタンを外した。
「まいったね」
歩きながら、光る珠に触れ調節を行う。まるで音量をあげるように『声』が聞こえてきた。
『ウオー』
『彼女も適性があるってわけ?』
『シウちゃんカワイイ』
『誰が渡したんだろう』
『直接渡した訳じゃない』
『もしかして』
『またあいつかよ』
ごちゃごちゃと、乱雑な声が順番に聞こえてくる。うるさいようにも思えるが、自然と聞き分けることができた。
さすがに道端で反応するわけにもいかないが、俊太郎はこの乱雑さが嫌いじゃなかった。
最近は声の種類が増えたようにも思う。特に家庭教師を始めた頃からの熱は今までにないくらいだ。
俊太郎は苦笑いを浮かべつつ、組合へと向かった。
組合で軽く手続きを済ませ、近所にある『簡易迷宮』のゲートに向かう。
組合からもそれほど距離はなく、扉を開くとそこはもうすでに迷宮の中だった。
「待ってたよ」
迷宮に入ってすぐ声をかけられた。それは『声』に似ているけれど、現実に耳から入ってきた音として聞こえてきたものだった。
『うわ、出たー』
『あーあ。むかつく』
『自分の専属だからってでしゃばりすぎじゃない?』
『てかこいつが、紫雨ちゃんに深玉渡したの?』
『私もそっちいきたい』
『てか、顔がむかつくわ』
声の方を向くと青い肌をした深界人がいた。
頭には角のような触角が生えて、青い肌だが、それ以外は人間と変わらない。
『声』の正体はこのような深界人であるらしいのだが、彼女以外の姿は見たことがない。
彼女曰く、自分はエリートなのだという。
得意げな顔をしながらいうものだから『声』からもひんしゅくを買っていたのを思い出す。
「ひさしぶりだね、コタマ」
コタマと名乗る彼女には、俊太郎は感謝をしていた。
このように探索者となって、迷宮にはいり日々の生活費を稼ぐことも彼女なしではこんなに楽にはいっていなかっただろう。
「本当にコタマが薄さんに、この珠を渡したの?」
「そう。適性があった。でもまだ会ってない」
「てことはこの珠の使い方も分からないか」
「そう。頑張ってね」
そう言ったきり、コタマは姿を消してしまった。
俊太郎には見えていないが、近くにいるのだろうと分かっていた。
頑張ってとはどういうことか、問いたい気持ちもあったが答えてくれるかも分からない。ため息をつきつつ気持ちを切り替えた。
迷宮の中は、左手に森、右手に草原が広がるような舗装されていない街道である。視界の広さはかなりあるが、簡易迷宮はそれほど広くない。どこかで見えない壁が存在するらしいが、俊太郎は試したことはなかった。
階層によって迷宮は分かれている。街道の先を行くと、少し景色が変わる。そこが階層が変化した合図だった。
この簡易迷宮は一段階の評価で、一番難易度の低い階級とされている。
それでも一人で進む俊太郎には慎重にすすまなければならない場所だ。
目的の階層まで魔物も最低限の魔法で排除しながら、四階層までたどり着いた。
魔力の残りはおそらく八割以上あるだろう。
俊太郎は杖を握りしめる。登山に使うような細くて丈夫な杖だが、こんなものでも魔力の効果を高めるものだ。
これで直接殴りつけてもそれなりのダメージになるだろうが、俊太郎の能力ではたかが知れていた。
この迷宮に現れるウルフ型の魔物は、森の中や草原から飛び出してくる。
森の中から現れる魔物の数は多くないが、中には数体のウルフを引き連れ、遠くからこちらを狙うものもいて、中々侮れない。
グレイウルフを土系統の魔法である『ロックスピアー』で屠る。
何度も繰り返してきた行為だからか、あとどれくらいの魔法を放つことができるのか感覚で分かった。
現在の魔力はおよそ半分程度。帰りのことも考えれば、三割ほどは残しておきたい。
そんなことを考えていると、遠巻きに見られているのが分かった。他に探索者などいるわけもないので、魔物である。
俊太郎は杖を握りしめ、いつもより強めの魔法をいつでも放てるように構える。
俊太郎の目の前に現れたのは、コボルトだ。
魔物であるコボルトはこの迷宮の一階層から現れる弱い魔物だが、この四階層に現れるコボルトは、グレイウルフに乗って現れる。
もう二体のグレイウルフも引き連れて、こちらを囲うように睨んでいるのだった。
魔力のラインを意識して、魔物に向かわせる。もちろん魔物は避けようとするが、こちらの方が早かった。
杖の先から魔力の線で魔物を一繋ぎにする。そこから青白い光で輝く雷が放たれ、魔力の線でつながれた先の魔物を襲った。
グレイウルフはどちらも倒れている。倒れたウルフは光の粒子となって消えていった。
それを見たコボルトライダーは、ぐありと吠えると、こちらに飛び跳ねた。
俊太郎のほんの目の前まで、コボルトライダーは迫ってきていたが、魔法の発動が先に決まった。
ずぶりと、地面から生えた『ロックスピアー』にウルフもコボルトも一緒になって貫かれている。
ふう、と息を整えると同時に魔物は砂のように消えていったのだった。
『余裕すぎ』
『はやく五層いきなよ』
『てか二段階の迷宮も行けるだろ』
『このくらいでいいでしょ。ぎりぎりなのはこっちも怖い』
『探索はおまけってのが分からないか。本命は女子高生だよ』
『いつになったら女子高生とするの? 早く見たい』
『そんなの見られるわけないだろ。いい加減にしろ』
『お前はなにと勘違いしてるんだ? 迷宮のことだろ?』
相変わらず好き勝手言ってくれているが、悪くない。
いい加減で無責任な『声』の存在を俊太郎は有難いとすら思っていた。
「まだ『コボルトライダー』も一撃では倒せないからね。それまではここかな」
魔法使いである俊太郎には、出来る限り魔法で倒したい。
何故なら防御力など、魔法使いには期待できないからだ。装備も出来るかぎり魔法の効果を高めるための物ばかりで、万一にも怪我をしたくない俊太郎にとって、安全な探索は第一に考えていることだった。
光の粒子となって消えた魔物のあとから『深界石』と呼ばれる石を回収する。深い蒼色をしたその石はこんなのでも数百円から高い物で数十万円もするらしい。これはギリギリ千円ほどの価値がありそうだった。
それまでに拾った物も集めれば、今日だけの稼ぎで五千円ほどにはなるだろうか。
往復を考えても一時間ほどだ。時間効率で言えばかなり高いが、命を懸けた価値があるかと言われれば甚だ疑問である。
俊太郎は魔法をぶっ放しただけなので楽なものだが、これが近接戦闘を主にするような役割であれば、怪我を負う可能性も高く割りに合うとは思えない。
これも探索者が人気のない理由なのかもしれないと俊太郎は考えていた。
俊太郎の戦闘はあまり見ごたえのない物だろうが、それでも深界人からの反応は悪くない。
深界人は迷宮が好きなようで、迷宮探索を行うと『声』が活発になる。
俊太郎にとって『声』はもうすでに生活の一部のように感じていた。
自宅で風呂や睡眠などのプライベートな時間を除いて、たいてい『声』と共に生活をしている。
本来なら、もっと面白い探索者や、バチバチやりあうような攻略を行う探索者の戦闘を見た方が、深界人も楽しいはずだ。
そんな自分でも深界人は見てくれているということが、不思議と安心するのであった。




