第20悲劇(閑話)デデドーン商会の元婚約者の悲劇
カテエラ街にある、デデドーン商会は、この街でも大きな商会だ。
次期社長である俺には、家柄は申し分ないが、見た目が俺に釣り合わない婚約者がいた。
彼女はそれを敏感に感じ取り、婚約して三年後、婚約破棄を申し出た。
それも、仕方ない事かもしれない。
なぜならその頃俺は、可愛い恋人がいたのだ。
少し馬鹿で、限りなく乙女で、限りなく見た目の可憐な彼女が。
俺は女の子に夢中になり、相手がどれだけの大手の商家の娘と言うのをスッカリ忘れて夢中になった。
婚約者との約束はすっぽかして当たり前。
あんな筋肉と会うくらいなら彼女が一番。
そう思っていた。
所が三年後。
三年もの間、バレていないと思っていた浮気は最初の頃からバレていて、証拠も十分。
相手のご両親がやってきた上に、同じく筋肉隆々の婚約者の兄に殴られ骨が砕けた。
婚約者は静かに紅茶を飲み、俺を見もせずに言った。
「貴方トノ婚約、失敗ダッタネ」
「なっ……何を」
「デモ、オ陰デ自由ニナルヨ。お父様、約束、忘レテナイネ?」
なんの……約束だろうか?
そう思ったが、その時はわからないまま実家は多額の慰謝料を払い、今も慰謝料のデカさで売上は安定はしているものの、支払いに回す金が多く火の車だ。
自分のしでかした罪はそれだけ大きかった。
相手は国すら動かすほどの異国の大商人に家。
どの商家も、只管頭を下げて必死に婚約を結びたがるほどの家だったのに……。
俺はそれをすっかり忘れて、馬鹿なことをした。
「ああ、ナンシー……。君が俺を許してくれたら」
そしたら、この毎月の鬼のような支払いに労力を割かなくて済むのに。
そんな最低な事を考えるからこそ、罰があったというのに、俺はまだまだ成長しないなと溜息を零した。
瞬間ドアが開き、ノックもせず入ってきた部下に眉を寄せる。
「入る時はノックくらいしなさい」
「坊ちゃま大変です! ナンシー様がお戻りです!」
「……なんだって!?」
「先ほど、お仲間の冒険者を連れてタウンハウスへご帰還されたと」
「直ぐに会いに行く!」
心から謝罪……が出来るかはわからないが、少なくとも慰謝料を減らしてもらう為に奴が帰って来るのを待ってたんだ!!
奴の許しがなければ慰謝料は減らさないと言われていたからな!
まさか、大商家の娘が、冒険者になるなんて思いもしないだろう!?
しかもEX冒険者ってなんだよ!
俺、今までよく生きてたな!
浮気した時点で殺されても仕方なかったのに!
だが、よくよく考えれば殺されなかったのも頷ける。
俺を見たナンシーは、もの凄く残念な者を見る目で俺を見ていたからな……。
こんなにイケメンなのに、何が問題なんだ!
お前に見下される覚えはない!!
「思い出すだけで反吐がでる!!」
「謝罪に行く態度ではないのでは?」
「男なら、一度や二度の浮気くらいあるだろう!?」
「ご自分の事は棚に上げて……女性の浮気には寛容じゃないのよね?」
「それは……」
今の〝妻〟と一緒に謝罪にいく最中、冷めた目で言われる。
こいつだってそうだ。
俺を見下してやがる……。
確かに受付嬢と浮気はしたが、それくらい良いだろう?
「貴方の浮気癖が治らないのは知ってます」
「はっ!」
「一度、死んでみてはいかが?」
薔薇が咲くような笑顔でそんな事を口にする妻に、俺は歯を食いしばり睨みつける。
何時かこの妻を無惨に捨て去る未来を頭に描いてなんとか耐えるが……。
「精々私に捨てられないことですわね。今回の浮気は許しましたけど、次はお父様達が黙ってないそうよ」
「ぐ……」
「前回の慰謝料の大きさに免じて、私が請求しなかったんです。なんて優しいんでしょうね?」
「くそっ!」
「ナンシー様にちゃんと心からの謝罪を。門前払いされるでしょうけど」
「そんな事は……」
「ないと言えますか?」
――門前払いされるなんて頭になかった自分を恥じた。
いや、きっとナンシーは入れてくれる。
謝罪を受け入れてくれる!
あれから二年経ったんだ。
やっとこの地に帰ってきたんだ!
何か理由があるに違いない!
理由が俺にあるとしたら最高だ!
「ナンシーを騙すくらい平気だ」
「心からの謝罪はしないわけね」
「当たり前だろう? 家は大商家だが、ナンシーは今はただの冒険者。俺達の依頼をうける側だ」
「そうかしら? 聞いた話だと、勇者パーティに所属してるようですけど」
「勇者パーティ? それこそデマだろ」
「そうだといいですね?」
何もかもお見通しと言う感じの妻には嫌気が差すが、兎に角謝罪を受け入れてもらわねば商会が立ち行かない。
あれだけ稼いでも、慰謝料にドンッと持っていかれては、デデドーン商会を大きくすることも出来ない!
「でも、後二回の支払いで終わるなら、謝罪に行くほうが女々しい気がするわ」
「二回でも大金だ!」
「それをしたのは貴方でしょう?」
「だが!」
「馬鹿な男。早く離婚したいわ」
「――っ!」
どこまでも俺を下に見る妻に怒りで顔が真っ赤になりつつも、馬車はナンシーの家の持つタウンハウスへと到着した。
門番に俺が来たことを告げると、暫くしてから――。
「ナンシー様はお会いにならないそうです。お帰り下さい」
「なっ!」
「ほらね? だから言ったのに」
「ナンシーは俺からの精神性の謝罪を求めているはずだ!」
「ナンシー様は、自分の黒歴史とは会いたくないそうです」
「黒歴史……」
その一言で大声笑う妻。
しかも「理解できるわ」とナンシーの言葉に同意までしている!
余程俺を怒らせたいようだな!!
「な、なぁ、頼むよ。一言でもいい。謝罪したいんだ」
「お会いにならないそうです」
そこまで徹底的に言われ、渋々俺達は家路についた。
商店につき、大きなため息をはいていると町の人々の声が耳届く。
「知ってるか? 〝ゴルバディス大商店〟に、とんでもない数の希少種の魔物が運び込まれて買い取ったらしい」
「ああ、聞いている。ゴルバディスのナンシー様が倒した敵らしいな」
「今度必要な部位はナンシー様が貰うらしいが、競りに出されるとか」
「いやぁ……。とんでもない値段がつくぞ」
「ナンシー様も親孝行だよ。何せ今じゃ勇者パーティの一員だからな」
そんな声が聞こえ、ナンシーの実家……ゴルバディス大商店にとんでもない希少種の魔物が運び込まれたことを知った。
それを競りにかける……。
とんでもない金額が動くぞ!?
「ナンシーは、金を呼ぶ不死鳥なのよ」
「お前……」
「その不死鳥を手放したのは貴方。本当、見る目のない男」
嘲笑って去ってった妻に、俺は愕然としながら空を見上げたのだった――。




