第三章 意地とプライド8
勝ち誇った笑みを浮かべる久我山は、次の瞬間、目をパチクリさせる羽目になる。
静かに目を上げた奈緒の一言が、原因だった。
「久我山さんっておっしゃいましたかしら、今はそんな話、どうでも良いことですの。大事な話がしたいので、退座するか、黙っていていただけます」
毅然とした物言いに、久我山は言い返すことが出来ずにいた。
奈緒はゆっくり目線を森崎へ向ける。
森崎は唖然とした顔で、その場に立ち尽くしている状態だった。
奈緒は席をすっと立ち上がると、明日歩にも倣うように促す。
「森崎先生でいらっしゃいますか? このたびは明日歩が大変ご迷惑をおかけしまして申し訳ございませんでした。このような大ごとになってしまって、本人も驚いていると思います。もう少し慎重に行動すべきだったと、親子ともども反省をしておりますので、どうか、穏便に気をお納めください。この子も未熟ながら、気をもんで出した答えです。家族の目から見てもここまでよくやって来たと思います。先生の指導の下、頑張らせたいという思いもありますが、こればっかりは親が口を挟むことでもないでしょ。短い間とは言え、先生の叱咤ご鞭撻は、明日歩にとって優衣義なものになりました。ありがとうございます。これに懲りず、温かい目で見守って頂けたらと、図々しいのを承知のうえ、お願いします」」
深々と頭を下げる奈緒に倣って、明日歩も頭を下げる。
頭を上げた奈緒が、校長へゆっくり視線を変えていく。
ハンカチを握り直すのを、明日歩は見逃さなかった。
「明日歩が真剣に悩んで出した結果です。どうか校長先生このまま、その退部届はお収め下さい」
「しかしですね、お母さん」
「もう、この子は、自分のことを決めて行かなければならない年齢です。大人が口出しするのは辞めておきましょ」
きっぱりと言い切る奈緒だった。
問答無用で二人で退室を果たし、すっかり動揺しきっている明日歩に、奈緒は微笑みかける。
「あなたは心配しないで、勉強、頑張りなさい」
こんなに強い人だったのかと、明日歩は帰って行く奈緒を見ながらつくづく思う。しかし、それが惰性だってこともよく知っていた。
わずかに足が震えているのは、遠目でも分かる。
案の定、駅に着いた奈緒は放心状態になっていた。
気を落ち着かせるため、奈緒はバックに忍ばせていた歩の写真を取り出す。
決して動くことがない笑顔に、奈緒は指を這わす。
「なぁあいつを信じてみないか」
支えになったのは、いつかの歩の言葉だった。
「これでいいのよね。歩」
奈緒の目に、薄らと涙が滲む。




