第三章 意地とプライド7
「これはこれは」
校長が立ち上がり、つられて森崎も立ち上がる。
「このたびは、うちの息子がお騒がせいたしまして」
奈緒は深々と頭あを下げる。
別に、謝ることじゃないし、と内心、明日歩はムッとなりながらそれを見ていた。
「滅相もありません。明日歩君の頑張りで本校の評判は上々で、こちらこそ大変ご不愉快な思いをさせてしまいまして、何て申し開きしていいものやら、今、その算段を踏んでいたところなんです。さぁどうぞこちらへ。監督不行き届きで、実にお恥ずかしい。ご子息にこんなものまで書かせてしまい、驚くやらなんやらで、森崎先生、突っ立っていないで、君からもきちんと謝罪をしなさい」
「校長先生、それには及びません。これは明日歩が決めたことと存じてます」
「ですが、大事な大会を控えて、退部っていうのは、無責任でしょ」
「そうですね。校長先生が仰る通りだと思います。責任の取りようがございません。ですが、わたしとしては、本人の意思を尊重してあげたいと思っています。きっと、考えあっての行動でしょ。事実上、無責任と言われても仕方がないことも重々承知の上でのこと。どうかその辺りを汲み取って頂けたら、幸いなのですが」
「私も教師生活を、だいぶ長くさせていただいてますが、たまにあるんですこういうこと。中田君に寄せられる期待の重圧感は、それ相当のものでしょう。耐えきれなくなるのは、無理もありません。ですから私どもは全力でサポートを」
「校長先生。さっきも言ったとおり、僕はそんなことで決めたんじゃないんです。分かってください」
黙っていられなくなった明日歩に、皆の視線が集まる。
「いや思っていた通り。良い目をしている。勝負師の目だ」
ドアの前で押し黙っていた男性が、ニコニコと明日歩に握手を求めてきたのは、その段だった。
「ここは私に免じて、穏やかに行こうじゃありませんか。中田さんが困っていらっしゃる。申し遅れました。わたくしこういう者です」
陸上競技選手強化委員会。久我山庸一。
奈緒に名刺を渡した後、明日歩にも丁寧に同じものを差し出した。
「中田君の話は、息子からかねがね聞かされていましてね、今日も息子から一大事と連絡を受けて、これは放っておけないと馳せ参じさせて頂いた次第です」
そこで初めて、校長も正体を知ったようで、眉間に皺が寄る。
どうやら、学校側は明日歩の身内だとばかり思っていたようだった。奈緒は奈緒で、やたら親しげに道順を案内してきたので、学校関係者と思っていた。
困惑する面々を前に、涼しい顔をした久我が話を続ける。
息子とはまるで大違いで、軽佻な喋りに、明日歩は圧倒させられてしまっていた。
「ここに失礼させてもらうよ」
どっかりと目の前に座った久我の喋りは快調だった。
是非、強化選手の一員として向かい入れたいという段になり、校長が咳払いをする。
そんな軽んじた話題ではない。
一個人が決められることでもないはず。明らかに先走った話と言うことは誰にもわかることであった。
空気を呼んだ久我氏が、身を引き、自信満々の笑みをみんなに向けてくる。
「当然、テストは受けて貰います。息子の派内を聞いて、わたしなりに調べさせてもらいました。実は練習も何度か拝見させてもらっています。それを踏まえて、いけると判断したことを、承知して欲しい。私はよく誤解をされるんです。きっとこの喋りがいけないんだと、自分でも自覚をしているんですが、どうも改まって喋るのが苦手で、気に触ったら謝ります。改めて教会の方から、通知をさせてもらいます。どうか、良い答えを出してもらいたい。退部結構。それならうちで練習に専念すればいい。実力が付けば、スポンサー契約も夢じゃない。そうすれば君が描く自分に一歩近づけるんじゃないかな?」
的を射た話である。反論することは何もない、ないのだが……。
明日歩は奈緒をそっと見る。
手にしているハンカチを、奈緒はギュッと握りしめていた。
たった一言で、周りを飲み込んだ久我がにっこり微笑む。




