第三章 意地とプライド9
――長い一日だった。
部活もなく、明るいうちに帰るなど滅多にない明日歩は、真っ直ぐに家に帰る気にもなれず、駅前のショッピングモールをぶらついていた。
靴屋の前、聞き覚えのある声に振り返ると、あずさが友達と歩いて来るのが見え、自分でも信じられないほど大きな声で、明日歩は名前を呼んでしまっていた。
面を食らったような顔をしてこちらを見ているあずさに、明日歩は頭を掻く。
数秒してから、明日歩はとんでもないことをしてしまったことに気が付く。
あずさの顔が固くなっているのだ。
その隣に居合わせていた友達が、何事かと目をパチクリさせて、何かをやたら聞いているようだった。
こういう場面になれていない明日歩である。
成り行きに任せるしかないと思った明日歩は、無理して明るい声を作る。
「ごめん、声かけて悪かったかな?」
「大丈夫」
そう言いつつ、あずさは隣りに居る友達を、チラチラ見る。
相手を気遣う余裕などない、明日歩である。
「今日、暇ある?」
勢いに任せて言い切った明日歩の目には、あずさしか映っていなかった。
「今はちょっと」
目を伏せて言うあずさに、じれったさを感じた友達が口を開く。
「別に良いじゃん。うちら、ただぶらついてただけだから。中田明日歩さんですよね。私、あずさの友達で高坂まりです。嬉しいな。まさかあずさと中田さんが知り合いだったなんて、話聞いていなかったからびっくり。私、中田さんのファンで、何度も南高校へ練習見に行ったりしているんですよ。もしかして、気づいていたりしてくれていたりして」
愛想笑いを浮かべながら、その傍らで表情を硬くするあずさを明日歩は気になっていた。
「カラオケでも行きます?」
腕を取ろうとするまりの手を、明日歩は咄嗟的にかわす。
「ごめん。ちょっと二人っきりで話したいんだ」
「私とですか」
「本当に申し訳ない。結城さんと二人っきりにさせてもらえないだろうか」
「嫌だな。何マジになっているんです。冗談ですよ。ほら、あずさも何とか言ってあげなさいよ」
「あの先輩」
「何てね。オレも冗談。悪かったな。じゃあ」
「待ってください。今日、シフト入っていたの、忘れていました。ごめんまり、先輩、それを教えに来てくれたみたいだから、私、行くね」
あずさに腕を掴まれ、明日歩は目を瞠る。
「大丈夫なの?」
コクンと頷くあずさだが、それは嘘だってことは歴然だった。
「オレのこと、気にしなくてもいいよ。あの子、気が強そうだし、面倒になるんじゃないの?」
「平気です。それより先輩、どうしてこんな時間にこんなところ、ウロチョロしているんです? それを私に聞いて欲しかったんでしょ」
まったくと、明日歩はまじまじとあずさを見る。
初めて会った日から、この子には歯が立たないと思ってきた明日歩だが、改めて実感させられていた。
きっとこんなことをしたら、ただ事では済まないだろうに。
取り残されたまりが怖い顔で睨んでいた。大丈夫と言うわり、あずさの顔は今にも泣きだしそうである。
明日歩は今、確信した。
だが、それを口にするのは少々抵抗がある。
勢いでファーストフードの店に入り、適当に注文して席に着く。
窓側に座ったものの、何となく罪悪感が込み上げてくる。
何となく、まりが後をつけてきているような錯覚を覚えてしまっていたからだ。あずさも同じことを思ったのか、頻りに窓へ目を向ける。
ソーダー水を一口飲んだあずさが、フッと肩で息をする。
「バカみたい。何を気にしてんだか。私と先輩はそういう仲じゃないっていうの。あの子。前に話していた友達で、先輩の練習やら試合やらつき合わされていたんです」
「そうなんだ」
「そうなんですよ。だけど先輩とバイト先が一緒だってこと、話さなかったんです」
ソーダー水をストローでかき回しながら言うあずさは、明日歩と目を合わせようとはしなかった。
「教えてあげれば良かったじゃん」
「ですよね。ああ女って面倒くさい。これは私のいじわるです。あなたが好きで好きで堪らない人と同じ職場で働いているのよっていう、優越感がきっとあったんだと思います」
「言うね」
「私、結構高飛車なんです」
やっと目を上げたあずさに、明日歩は目を細める。
初めての衝動がそこにはあった。
そんな明日歩を見てあずさが首を傾げる。
ヤバイと思った明日歩は、あずさを直視できずに俯く。
「先輩?」
心配そうに顔を覗き込んで来るあずさに、これ以上みっともない姿を見せたくない明日歩である。
自分でもくだらないプライドだと思う。がしかし、好きになった女の子の前、格好つけないのは男の性である。
「先輩ったら、どうしたんです?」
気持ちを切り替えて顔を上げる明日歩だった。




