第三章 意地とプライド3
「でも先輩、辞めちゃって大丈夫なんですか? 大会、もうそろそろですよね?」
あずさに唐突に訊かれ、明日歩は一瞬、言葉を失う。
「聞いちゃまずかったですか」
あずさが小首を傾げ尋ねる。
散々悩んで、自分では腹を決めていたつもりだった明日歩だが、改めてあずさに突っ込まれ、ドクンと心臓が脈打つ。
あずさと一度も部活のことを話したことはなかった。
あずさに、不安な顔をされ、明日歩は慌てて言い繋ぐ。
「いや、大丈夫。まさか結城さんから、そんなこと訊かれるとは思わなかったから、少し、驚いちゃっただけだから」
「そうなんですね。でも私じゃなくても、その話を聞いた百人中百人が同じことを聞くと思うけどな」
「またそんな大げさな話にして」
「大袈裟なんかじゃありません。先輩時は自分を知らなすぎです。先輩、超有名人なんですよ。月間何とかに載ったりして、注目度半端じゃないですからね」
「何とかって、たまたまその時は調子が良かっただけで、高校行ってからは、全然だし」
あずさが躊躇いがちに明日歩の顔を見る。
緩やかな坂道を登りきったところで、二人は立ち止まっていた。
目の前に交差点が広がっていた。
信号が点滅して、赤に変わる。
あずさはこの交差点を渡らなければならなかった。
数台、車が通り過ぎて行くのを、ぼんやりと二人で眺めていた。
「こんなこと言ったら嫌われちゃうかもだけど、私、先輩には陸上部に戻るべきだと思います」
「顧問ともめちゃったから、無理っしょ」
「もう修復不能なんですか?」
「たぶん」
「でも、勿体ないじゃないですか。今まで頑張ってきたのに。先輩、走るの、諦められるんですか?」
「オレが甘かったんだと思う」
明日歩は、ガードレールにもたれ掛る。あずさもその横に並んだ。
「甘いって?」
あずさと目が合い、明日歩は焦って目線を外す。
「士気が下がるって顧問に言われた時、そりゃそうだって、素直に思っちゃったんだよねオレ。誰も何も言わないことをいいことに、俺、思い上がっていたんだと思う。考えてみればひどい話だよな。自分のメニューは熟したから良いってもんじゃないよな。個人競技だとしても、チームな訳だし、顧問はそこを底を指摘しただけで、何も悪くねぇけど、何かさ、俺、意地になっちゃって」
明日歩は泣きそうだった。
「そっか。辛いですね」
「正直参った」
あずさに頭をポンポンされて、明日歩は目を見開く。
「男の子って、大変ですね。だけど先輩なら大丈夫です。だって間違ってなんかいないですもの」
そう言うあずさの瞳から、大粒の涙が流れ落ちる。
「そんなこと、簡単に言うなよ」
「簡単じゃないですよ。バイトしているときの先輩も悪くないけど、走っているときのキラキラしている先輩を見れなくなるのを、悲しむ子が沢山いると思います。その一人は私です」
「あ、ありがとう」
やるせない気持ちで明日歩はあずさを見つめ返す。
「先輩、ガンバです」
胸の前で小さくポーズをとるあずさに、明日歩は苦笑する。
そんな簡単なことじゃないと、思えて仕方がない明日歩だった。




