第三章 意地とプライド2
出会ってしまいました、明日歩17歳、初恋です。
「先輩、どうしたんですか? さっきから変な顔をしてますよ」
ぼんやりとしている明日歩を、心配そうに結城あずさがのぞき込んできた。
結城あずさは、一か月前に入って来たばかりの初々しい高校一年生だ。
「変な顔って失礼な」
どうにも年下には思えないノリで、あずさはいつも絡んで来る。
「でも、こんな顔をしていましたよ」
自分の顔を抓みあげて見せるあずさに、明日歩は苦笑しながら頭をコツンと軽く叩く。
「そんな顔をしてないだろ」
「やっと笑った。その方がいいですよ先輩は。折角のいい男が台無しになるところだったわ。救出作戦成功ですね」
「何だそれ?」
あずさがわざとらしく、フーと言いながら額を拭く。
この子には、本当に調子を狂わされてしまうな。
すっかり和まされた明日歩と目が合ったあずさが、ちょこんと首を傾げる。
「先輩をそんな顔にさせる原因って何だったんでしょうね?」
自分のこめかみを指で叩き、どこまでもおどけてみせるあずさに、明日歩は吹き出してしまう。
「ま、いろいろ」
両腕を組んだあずさが、大げさに頷いて見せる。
「生きていると、いろいろありますよね。って、いらっしゃいませ」
接客へ向かうあずさから、なぜか目を離せない明日歩だった。
週末ということもあって、店は混み合っていた。
気を紛らわすには、ちょうど良かった。
歩との約束を忘れたわけではない。でもあの時とは条件が変わってしまったんだ、と自分に言い聞かせる明日歩である。あとは、奈緒にどうやって切り出すかだった。反対されたアルバイトが原因なんて、口が裂けても言えない。だから言ったじゃない、と言われるのも明日歩のプライドが許さない。願うは、おしゃべりな知美が告げ口をしないでいてくれればと思う。
接客に身が入らない明日歩である。
「先輩、しっかりしてくださいよ」
テーブルを片しながら、あずさに言われ、明日歩は苦笑いをする。
まったくなっていない一日である。
終業時間になるのを、これほど待ち遠しく思ったことがなかった明日歩である。それと同時に、気が重くなるという、複雑な心境に陥っている明日歩を追いかけて来たあずさが並ぶ。
珍しいことではなかった。
何度か途中まで一緒に帰ったことはある。そこに特別な感情はなかった。帰る方向が一緒だってことだけだった。通っている学校のことや、店で起こったことをチラホラ話すってもので、意識などしたことは一度もない。
「先輩、途中まで一緒に帰りましょ」
そう言われ、明日歩はドキッとなる。
「ああ」
二人で自転車を引っ張りながら歩く。
「今日、忙しかったですね」
「週末だし、給料日後だし」
「想像していたよりもハードで、驚いちゃった」
「そっか、結城さん初めてだ」
「もう初めてだらけで、記念日にならないです」
「記念日って」
明日歩はつい笑ってしまう。
「笑わないでください。これでも真剣に話しているんですからね」
「いや、ごめんごめん。うちの両親と同じこと言っているなって思って」
「え? そうなんですか」
「そうそう。昔さ、しょっちゅういうもんだからカレンダーに書き出したことがあったんだ。そしたらさ、一年中記念日で埋まることに気が付いてさ、それを言ったら親父、明日歩が俺たちの記念日を知った記念日とか言い出して、お祝いをしようって、あの店へ連れて来てくれたんだ」
「そうなんですね」
「訳分かんねーとか言いながら、ハンバーグ定食食べたの、よく覚えている」
「ユニークなお父様なんですね」
「ユニーク過ぎて、参っちゃったけどね」
「でも素敵ですね。そうやって親のこと話せるのって、私も一度、会ってみたいな」
何のこなしに言われたあずさの言葉に、明日歩は鼻の奥がツーンと痛くなる。
「もういないんだ」
半白ほど置いたあずさが、目を伏せる。
「もしかして、亡くられたんですか?」
「ああ去年の夏、事故であっけなく死んじゃった。全く散々人のこと引っ掻き回して、最後に言った言葉がさ、まったくふざけてんだ」
泣きそうな気分になった明日歩が、気を紛らわすように空を見上げる。
「先輩、我慢しないでください」
そう言う声がおかしいことに気が付いた明日歩が見ると、目一杯に涙を浮かべたあずさが微笑で見せる。
ストンと明日歩の中に、何かが落ちる。
こんな話をしたことはなかった。
高校に入る時のことや、歩と約束したこと。そして、母親を助けるため、その約束を破ってしまったこと。あずさは明日歩の話を聞きながら、目を大きくしたり細めたり、口に手を当てたりしては涙ぐんだ。余計なことは言わず、聞き役に回ってくれるあずさが、有難かった。
心が軽くなって行くのを感じながら、明日歩はとめどなく話し続ける。




