第二章 不滅のヒーロー11
あまりの暑さに午前の練習を早めに切り上げた明日歩は、ロッカーに置いていた携帯が、点滅を繰り返しているのに気が付き、顔を顰める。
出かけ際、歩のテンションが思い浮かぶ。
どうせろくでもないことを言い出すのだろうと、何お気なしにけいたいを見た明日歩は、尋常ではない数の履歴を見て、ギョッとなる。
分単位で入れられていた。
どれもこれも、奈緒と薫子のものである。
留守録にも何件かメッセージが残されているようだった。
またくだらないいたずらだろうと、明日歩は思った。
サプライズ好きが高じて、いろいろの人を空きこむことが多い歩である。
その一人に、薫子が使われることも少なくなかった。
それに、頼みがあると言いかけて、途中で話をうやむやにされた軽も手伝い、すぐに連絡するかどうか疎まれた。明日歩の周りは役者揃いなのだ。うかうかと騙されたくないという思いも手伝って、しばし考え込んだ明日歩だったが、騙されてあsげるのも、親孝行の一つかと、思い直し、取りあえずメッセージを聞くことにした。
録音メッセージは、どれもこれも連絡を寄こせというものばかりで、奈緒に関しては、あまりの声の小ささに、上手く聞き取れなかった。
「もう面倒くさいな」
独り言ちりながら、奈緒へ電話を掛ける。
「明日歩、午後は暑つすぎるから、自習室で夕方まで勉強してから、練習再開に変更なるって……」
電話を掛けていることを知らない前橋に話しかけられ、明日歩は軽く手を上げ返事をする。
思いがけずすぐに電話に出られ、あとむは、え? と思う。
「母さん、何だよ? 変な留守録で聞き取れなかったぞ!」
「明日歩?」
返ってきた声が、薫子のもので二度びっくりした明日歩は、眉を顰める。
隣のロッカーで着替えていた前橋が、歩の声に手を止め、耳をそば立てる
「薫子さん? あれ間違えたかな俺。母の携帯に変えたつもりだったんだけどな。まぁいいや。何度か連絡を貰ったみたいなんだけど、何だろ?」
「いい、気を確かにして聞いてよ。歩が事故に遭ったの」
緊迫した声で言う薫子に、ついつい明日歩は笑いそうになってしまう。
また大がかりなと思いつつ、明日歩は大袈裟に驚いて見せる。
「まじで? で、親父の容態は」
「今、うちの病院で緊急手術中よ。詳しいことは後で説明するから、とにかく、すぐにこっちへ来なさい」
「えっと、そう言われても俺、まだまだやることがあって」
「何を言っているの。父親が死にそうなのよ。冗談とかじゃないのよ」
叫ぶように言われ、明日歩は携帯を耳から遠ざける。
「薫子さん、俺が話す。変わって」
「明日歩聞いているか? これはな、歩の悪いサプライズなんかじゃない。何ならオレが迎えに行ってやるから、校門の前で待っていろ」
「中島さん、本当の本当の話なんですね」
「あいつは悪ふざけしても、命にかかわるような嘘を言ったことがあるか?」
言われてみればそうである。
神社で怪しいものを見つけたとかの類は言っても、そんなことはなかった。
「いや、電車で言った方が早いと思うから良い」
「分かった。気を付けて来いよ」
明日歩の様子を心配して、前橋が顔を覗き込む。
「どうした中田、顔が真っ青だぞ。大丈夫か?」
「親父が事故に遭った。悪い、俺行かなきゃ」
「ああ早く行け。顧問には俺から話して置く」
「頼んだ」
頭の中が真っ白になってしまった明日歩は、途中、知美に呼び止められたのも気が付かずに、学校を飛び出して行くのだった。
刻々と時間は過ぎて行き、明日歩が到着してもなお、手術は続けられていた。
ようやくランプが消えたのは、夕方近くだった。
医師が重い表情で出て来る。
その表情から、薫子はないかあを読み取ったようだった。
「ご説明しますのでこちらへ」
看護師に促され、重い足取りで別室へと揃って入って行くと医師が、数枚のレントゲン写真と、ダメージの大きさが淡々と説明を始める。
誰もがその真実と向き合うことが出来ずにいた。
「本当に申し訳ございません。手を尽くしましたが、残念です」
納得なんかできるわけない。
目を赤くした中島が、もっと為す術はないのかと、医師に食って掛かる。
奈緒は明日歩に支えられ、やっとその場を取り持っていた。
「なぁ先生、頼むよ。助けてやってくれよ」
退室しようとする意志の胸ぐらを掴む中島を、薫子が窘める。
「中島さん」
薫子に首を振られ、中島は愕然となる。
無数の管に繋がれて、包帯でぐるぐる巻きにされている歩の姿も、今日、明日の命だと言う医師の言葉も、まるで、映画かドラマでも見ているような感覚で、明日歩は見ていた。
泣き崩れ何度も父親の名前を呼ぶ奈緒の姿も、信じるものですか、と言う怒りに満ちた薫子の声も、そんなバカなと涙を流して、見ていられないと出て行ってしまった中島の靴音も、明日歩には絵空事のようにしか思えなかった。
「昨日までぴんぴんしていたんだぜ。誰が信じるっていうんだよ。洒落になんないだろ? 何やってんだよ? 今日、サプライズするんだろ?」
込み上げて来る涙をグッと堪えながら、明日歩は歩に話しかける。




