第二章 不滅のヒーロー12
歩の意識はかなり混濁し始めていた。
うわごとを繰り返す歩に、奈緒を手を握りしめ、微笑む。
明日歩は許せない気持ちでいっぱいだった。
「何の夢、見ているのかしらね」
「どうせくだらないことでしょ」
「早く帰って来て歩さん。私、寂しいよ」
愛おしそうに歩を撫でる奈緒に、明日歩は何も言えなくなる。
朦朧とする意識の中、一点の光が歩の目を目がけ飛び込んできていた。
ん? 歩は眩しさに目を瞬かせる。
「これは私の命です」
え?
「この光を手にした者は、戦わなくてはなりません」
燦然と輝く光を掲げた女性が、歩に微笑みながら、差し出す。
受け取った歩は、誰とと首を傾げる。
「分かりません。それはあなたが決めることです」
少し考え込んだ歩が、パッと目を輝かせて顔を上げる。
「オレはヒーローになります。奈緒だけを護るヒーローに」
叫ぶ歩の手の中で、光がしぼみ始める。
「待ってくれ」
歩は慌てて光りを掲げてみるが、光はみるみるとしぼんでいく。
「そうだ、コスチュームさえ着れば……、やっぱヒーローって言ったらコスチュームでしょ」
「その光をなくすと言うことは……」
「待て待て。変身。あれ、おかしいな」
女性の声が遠くに聞こえ、光が微かになってしてしまう。
「……だからコスチュームさえあれば」
歩に耳を傾けていた奈緒がそっと呟く。
「そうね。すぐにでも家から取ってきましょうね。あなたはヒーローですものね。こんなことで死んでらえないわよね」
みるみる光は萎み、歩はすべての光を失う。
歩の頬に、一筋の涙が流れ落ち、その言葉を最後に、永遠に帰らないしとになっなった。
――父さんが死んだ。
冗談にもならない。
明日歩は怒りに任せて壁を殴る。
中島が頭を抱え、泣き伏す。薫子に支えられた奈緒は、歩の名前を繰りかすばかりだった。
長い一日が終わり、すっかり陽が高くなっていた。
その眩しさに、明日歩は目を細める。
何があっても死なないと思っていたのに。あっさりと逝ってしまった。
蜩の声が一段と大きくなる中、明日歩は奈緒の肩を抱くように病院を後にする。
中島が車を回してきて、二人は後部座席へ乗り込む。
事務的な処理は、従妹の薫子がすべてを請け負うってくれている。一先ず家に戻り、歩の帰りを待つことになったのだが、歩の死を告げられてから、奈緒は一滴の涙も流していない。
奈緒はハンカチをギュっと握りしめ、一点を見つめたまま、何を話しかけても上の空だった。
もう少しで家というところまで来て、雨が降り始める。
連日連夜の暑さで暖まった地面から、ムッとした熱気が上がって来る。
大急ぎで家の中に入ると、明日歩は奈緒に横になることを勧めた。間もなくして、薫子の妹、由紀子がやって来て、それからはガタガタと葬儀の準備が進められて行った。坊さんの手配にお返しの品。戒名に訃報の知らせに区役所に提出する書類の数々。お金の出し入れに、どれもこれも、まるで他人事のように話が進められていく。
二度と目を明けることがない歩を横たわらせ、誰もが無言になる。
よろよろとした足取りで、歩の傍にやって来た奈緒は、見ていられないほど憔悴しきっていた。
ツーンと鼻の奥が痛くなってきた明日歩は、居た堪られず庭へ出る。
朝顔の蔓がきゅうりの方まで侵略を始めている。細く小さな身を付けたきゅうりの横に、ひっそりと沈丁花の木。全て歩の思いでに繋がってしまう。
明日歩の目から涙があふれ零れだす。
そして明日歩は思い出していた。
遠い遠い昔、肩車され、男を見込んで頼まれた約束のことを。




