今まで私は私の名前で呼ばれていなかった
「貴方は体に別の魂が入るということを信じますか?」
私がそう話をきり出すと、王太子は戸惑ったような表情を向けながら一言言った。
「…は?」
「だから、貴方は体に別の魂が入るということを信じますか?」
「いや聞こえなかったわけじゃなくてね…」
王太子は頭を抱えながら私の言葉を咀嚼してる様子だった。少しして思い当たったように私に尋ねる。
「もしかしてだけど体を異界の魂が乗っ取るなんていう伝承の話をしてる?」
「はいその話です」
すると王太子は深い溜息をついた。
「君がどういう意図でいきなりそんな話をしたの分からないが私は信じていないよ。あれは残っている文献も数件のみな上どれも古く信憑性に欠ける。あれが高位貴族の間で伝わっているのはこの国では不可思議な現象がある特別な国だという国と王室への忠誠心を高める為のおとぎ話だ。」
「では私がその体を乗っ取った異界の魂だとすれば?」
途端に信じられないとでもいった様子で眉を顰める。
「何を言ってるんだ、本当にいい加減にしてくれ。君の理解に苦しむ主張を聞くのは疲れるんだ。」
「シャーロットがずっとそういう態度を取り続けていたのか貴方がシャーロットの意見を聞く気が無かったのかは分かりかねますが、貴方は多少婚約者の体をしてる者の言い分に耳を傾けてもいいんじゃないでしょうか。」
このままだと私の話を全く信じようとしないだろうから王太子を少し煽り無理矢理にでも話を聞かせる様に努めてみる。
「それはどういう意味だい?私はいつも悪行まみれで悪い話ばかりの君と婚約者として最低限の行いはしてる自覚はあるし、今日だって突然呼び出されて意味のわからない主張を聞いているじゃないか。」
「貴方は本当に最低限しかやっていないんです。貴方はシャーロットの話を信用する気はないし、本当のシャーロットを見る気もない。」
(いくらなんて悪役令嬢と言われててもあんなに愛されているんだから全く愛されない私よりよっぽど必要とされる人間なんだ)
大きく息を吸い王太子の目を見据える。
「貴方が見ていたシャーロットは本当にこんな人間でしたか?それともその違いが分からないくらいにはシャーロットのことを見ようとはしていませんでしたか?」
「まるで劇の悪役のような女興味もないよ。もし君があの伝承の通り別の魂なんだとしても私が必要なのはルードリェア公爵家の後ろ盾だ。中身は関係ない。どうでもいい。」
そう言い捨てたのを聞いて私は思わず立ち上がり声を荒げてしまった。
「ふざけるな!中身は関係ないだと?シャーロットが話通りの悪女だったとしても公爵や公爵夫人から一身に愛を注がれていた!愛されていたんだ!それを私が奪って本物のシャーロットは行方が分からない!行方を、元に戻す方法を寝る間も惜しんで探してる人がいる!どうでもいいわけないだろ!」
長ったらしくもはや叫び声の様な大声を上げてしまいしばらく私は息を整えた。王太子は驚いた様子で口を開く。
「でもそれは親だからだろう?盲目的になっているだけだ。」
「…親からも愛されない人がいます。愛することができない親もいるし、どんな人からも愛されることができない人もいます。そんな中シャーロットはずっと両親に愛されてたっていうのは凄いことなんです。公爵や公爵夫人にとってシャーロットはシャーロットじゃなきゃ駄目なんです。」
こちらに来てからシャーロットがどれほど愛されていたか分かった。だからこそシャーロットを取り戻さなきゃいけない。
「貴方に婚約で少しでもシャーロットに情が湧いたなら、私の話を聞いて本物のシャーロットと話をしたいと思ってくれたなら協力してください。王太子殿下」
私はそう言って深々と頭を下げた。王太子は沈黙の末に口を開く。
「確かに人に愛されるには愛さずにはいられないような努力や優しさや絆など何かが必要だ。それは親子間でも一緒なのかもしれない。シャーロットが両親や父上に好かれ愛されている理由が知りたくなった。君に興味が湧いた。協力とは一体何をすればいいんだい?」
王太子が私に尋ねてきた。
「私は今軟禁されています。だから伝承やそれに関連しそうなものの情報を外部から持ってきて欲しいんです。」
「軟禁?何故だ?」
「今の私はシャーロットの体を乗っ取った異界の魂。下手に外に出したらシャーロットの体をどのような危険に晒すか分かりませんから。」
「それで君は…いや、伝承の情報だね。ただ父上のまでシャーロットのことが入っているならおそらく父上のところに資料が集まっているだろう。資料を探す手間は省けるが資料の持ち出しは多分できない。隙を見ての書き写しをする事になるから時間がかかる。」
「分かりました。国王陛下と公爵様は共に調べています。時間がかかるのは仕方ないことでしょう。公爵様と調査の協力の説得も試みてみますが資料はよろしくお願いします。」
王太子は頷き私に手を差し伸べた。
「これは?」
「握手だよ。協力関係になるんだから握手くらい済ませないとね。それと君の名前を教えてくれ」
「私の名前は柳原翠です。スイって呼んでもらったほうが呼びやすいと思います。」
「私はエドリック・リドリィだ。リドリィ王国の王太子。これからよろしく」
そうやって握手を交わした。
これはこの世界に来て初めて自分の名前を名乗った瞬間だった。




