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Enjoy your stay.  作者: ゆう
case.2
7/9

2-1

 再び懺悔室から地上に戻る。

 懺悔室の質素な扉を開けると、仕事帰りの地元の信者たちが笑みを浮かべて会釈をしてきた。

 外はすでに夕暮れ。

 西海岸特有の赤い陽が傾き、駐車場の白いICEのSUVを深紅に染めている中、ベンはポケットからキーを取り出し、オープンのボタンを軽く押した。


「オフィスに戻る前に、食事でもしていくか?」


 乗り込んで扉を閉めると、メイジーは鉛のように重い身体をシートに沈め、シートベルトをかちりと締め……長く吐息を漏らす。


「……ご遠慮させていただきます。なんだか、どっと疲れて。あんなのを見たあとでは……」


 ベンは短く頷きながら、SUVを静かに発進させると、車内には沈黙と疲労の気配が漂う。

 夕焼けが側面の窓を照らし、流れていく景色の中で街のビルや標識の影が引き延ばされていく。


「FBIのXファイルから来たんだろ?」


 ベンが不意に口を開いた。


「オカルト話は慣れっこじゃないか?」

「まぁ……宇宙人にさらわれたって調書だの、呪いの人形のせいで人が死んでるだのは、20世紀FOXに売るほどありましたけど……」


 メイジーは小さく笑ってみせたが、その笑みはすぐに消えた。

 視線は、フロントガラスの向こう……沈みかけた太陽が、遠くの送電線を黒く切り取っている。


「でも、あれは信じてる人がいる馬鹿な話って前提で処理できたんです。どこか他人事でした。……まさか、現実でなんて」

「信仰より現実が上回る時代だ。逆もまた然りさ」


 ベンの声はあくまで平坦だった。

 ハンドルを握る手に、無駄な緊張は見えない。


「でも、あの人……生きてるつもりだったんですよね」


 メイジーの声が、夕焼けの中でわずかに震えた。


「そのつもりだったな。だが、審判は来る。辞任がようがいまいが関係ない」


 答えるベンの声音には、どこか諦めにも似た静けさがあった。

 まるで、何百回も同じ場面を見てきたようだった。


「……こんなの、日常になるんですか?」

「日常ってのは、繰り返されることを言うんだ。慣れるかどうかは、まぁ、別問題だな」


 その一言に、メイジーは黙り込んだ。

 SUVは赤信号に減速し、交差点の前で停止する。車内には、夕暮れと疲労だけが流れていた。

 疲労を押し流すようにベンが、カーラジオのスイッチを押しこむと中国語の曲が流れ始めた。


「今どきジャッキー・チェンもないだろうにな」

「誰です、それ?」

「嘘だろ?」


 ベンが驚愕の表情を浮かべ、メイジーが小さく肩をすくめる。


「香港映画とハリウッドの大スターだぞ?」

「そんなに有名なんですか? ユーチューバーみたいな?」

「馬鹿いえ人類の歴史においてだな、ブルース・リー、ジャッキー・チェン、そして……それ以降は退屈な現代だ」

「へぇ。私が生まれた頃にはもう……」

「言うな。こっちはまだ現役でアクションできると思ってんだから」


 そう言ってウインカーを出すと、ベンは車線をひとつ左に移した。

 メイジーは助手席で目を閉じ、そっと額に手を当てる。

 灰色の顔をした男の瞳が、脳裏に焼きついていた。

 あれが「死者」なら、自分はどこに立っているのだろう。


「ラジオ消すか?」


 ベンの声に、彼女は目を開けた。


「……いえ。音がないと眠ってしまいそうで」

「眠れるうちは大丈夫だ」


 その一言が、妙に頼もしく響いた。

 SUVはハイウェイの出口を下り、夜の街に入っていく。

 礼拝堂の鐘が遠くで鳴った気がしたが、それが現実か遠い記憶か、ゆっくりと舟をこぐメイジーには判断がつかなかった。


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