7-2
アパートを出た瞬間、ひんやりとした西海岸の風がレザージャケットの襟を掠めた。 街並みはネオンが消え、午前の退屈な表情を見せている。
街並みを一瞥してスマホを確認し、ヘルメットを被って、愛車のキックスタンドを乱暴に跳ね上げた。
セルスイッチを押し込み、ギアを繋がずアクセルを開ける。と、重低音の排気パルスがアパートの壁を震わせた。
シートの底から不機嫌な背骨を揺さぶるような地響きに、メイジーは短く息を吐く。
「昼飯くらいでるんでしょうね……」
排気音で自分の毒づきをかき消しながら、ギヤをローに叩き込み、クラッチを繋げば、昨夜のあざの痛みを置き去りにして加速が始まった。
ウェストブリッジ市のギリアム群側のハイウェイは、午前中特有の気だるいファミリーカーで澱み始めている。
イエローラインを無視して車群の隙間をすり抜けながら、バックミラーに映る忌々しい雲一つない青空を一瞥した。
レザージャケットの下のショルダーホルスターに収まった、シグザウエルの冷たい金属感を確かめる。
「CIね……」
FBIの他部署から回されていた陰謀論だのオカルト(に見える)事件だのを追っていた前職ではフィールドにそもそも出る機会が少なかった。
ギャングや組織犯罪の担当になれば山ほど抱えることになったのだろうが……
そんなことを考えながら昼時のウェストブリッジを渡ると、ワシントン州クリッキタット郡の舗装のいい郊外道に出た。
閑静な住宅街を上り、すいている駐車場にバイクのエンジンを止めると、急に静寂が戻り、コロンビア川を渡る風の音が耳を打つ。
川沿いの高台にあるルーズベルト・パークは、週末だからか人でごった返していた。 「こんな富裕層用のエリアでフェスでもあるってわけ?」
公園を埋め尽くし思い思いに過ごす人の群れ。
それも、西部劇から抜け出したような恰好や、10世紀前後の貴族のコスプレまでいる。
「ったく、で、人を呼び出しておいて本人は……」
人をかき分けるように公園に進み、その視線が一点で止まる。
「良いお天気ですわね」
何事もないようにベンチにクラシカルなメイド服を着た銀髪の美女が座っていた。
「……天気は、ね。で、これは何のイベントなんです?」
「お散歩、ですわ」
ベンチに腰掛け、対岸の街を見つめたまま、美女ヴェラ・ノヴァクがスッと右手を上げ、指を鳴らす。
「……は?」
メイジーが振り返ると……公園は嘘のように静寂に包まれていた。
さっきまで溢れていた喧騒が、耳の奥で弾けて消えたようだった。
芝生に座っていた貴族も、笑い声を上げていたカウボーイも、最初からそこにいなかったかのように掻き消えている。
「なに、LSDでも嗅がせた……?」
メイジーは無意識にジャケットの内側、シグザウエルのグリップに指をかけた。
手のひらに伝わるポリマーの冷たさだけが、辛うじて現世の現実を繋ぎ止めている。
「礼拝で人の減るこの時間しか皆で集まる時間が取れませんので」
ヴェラは楽しげにクスクスと笑い、仕立ての良い日傘をゆっくりと畳んだ。
「皆、お友達ですわ。滞在ステータスはL-1、きちんとCIS(移民局)の許可をお受けしております」




