7-1
柔らかな朝日が、白いカーテン越しに差し込んでいた。
その光を受けて、ベッドの上で一人の美少女がぱちりと目を開ける。
曾美鈴が細くしなやかな体を猫のように伸ばすと、そのまま流れるようにシーツを抜け出し、窓辺へ歩いた。
カーテンを少し開き、外の空気を胸いっぱいに吸い込む。
「……天氣不錯」
低く呟いた声は、眠気混じりの静けさに溶けていった。
日曜の早朝。追跡劇で張り詰めていた神経は、今は嘘のように和らいでいる。
「……フム」
軽やかな足取りで廊下へ出ると、かすかに漏れる灯りに誘われて、半開きのドアの前で足を止めた。
中を覗き込むと、メイジーが大の字になって眠っているのが見えた。
片足は布団から投げ出され、部屋の中には昨夜の痕跡が散らばっている。
シャワー後に脱いだと思しき下着やタオル以外は、服もバッグも無造作に転がっていた。
まるでこの部屋の主の混沌を象徴するような、無防備な光景。
美鈴はその様子を静かに見つめ、口元を緩ませた。
外では、遠くの高速道路を走る車の音がかすかに響き、通りの街灯がまだほのかに輝いている。
穏やかな朝の風が、窓の隙間から入り込みカーテンを揺らし、部屋に新鮮な空気を運んできた。
美鈴はゆっくりと背を向け、静かにその場を離れた。
今はただ、彼女の静かな時間が続くことを願うように。
「……んがっ!」
直後、凡そ乙女らしくない睡眠時無呼吸症候群のようないびきと共にメイジーが意識を取り戻した。
「……今何時よ?」
ベッドの上で体勢を変えずに枕元のスマホを手繰り寄せ、画面の眩しさに細められたメイジーの瞳に、午前九時半という無慈悲な数字が映り込む。
「……ビーリン?」
同居人に声をかけるが、返事はない。
ずるずると這うようにベッドから這い出し、ローテーブルのミラーライト缶をなぎ倒した。
「出かけたわけ?」
ハリウッド女優のような煌めく……砂交じりのボサボサな髪を掻きながらメイジーは起き上がった。
キッチンのカウンターに目をやると、透明なラップがかけられた深皿が置いてあった。
整えられたローテーブルの上、几帳面な手書きのメモが一枚、コースターの下に挟まれている。
『香辛料の補充に行ってきます。朝食は冷蔵庫に』
「……あいつタフね。東洋の呪術師ってのは全員不眠症なわけ?」
メイジーが毒づいた瞬間、片手に持ったスマホが激しく振動した。
画面に表示されたのは謎の番号。
「もしもし?」
『おはようございます、捜査官様』
「……なんでこの番号を知ってるの?」
電話口から聞こえてきたゲルマン訛りの上品な楽しそうな声にメイジーは眉をひそめた。
『知っていることを何でも知っているのがわたくしの稼業ですので』
「……で、何の用? CIの情報を買う権限は私にないわよ」
『まぁ、お友達にお散歩のお誘いですわ。本日はお休みですわよね?』
「生憎だけど、私の情熱は昨日ネヴァダと今朝がた夢に見たマン島で使い果たしたわ」
メイジーは電話を肩と耳で挟みながら、ラップのかかった深皿の匂いを嗅いだ。
『まあ……それは素敵ですわね。では、お昼にルーズベルトドライブの公園で』
「昼ぅ!? ちょっと、ヴェラさ……」
『それでは、ごきげんよう』
ツーツーという非情な電子音を残し、回線が切れた。
「……まったく、どいつもこいつも!」
メイジーは悪態をつきながらスマホを放り出し、テーブルの上のラップを乱暴に剥ぎ取った。
現れたのは、美鈴が仕込んでいったであろう、細切りの生姜が美しく並んだ中華粥。
陶器のスプーン、蓮華ですくい口に運ぶと、じんわりとした温かさと出汁の旨味が、アルコールで焼けた胃壁に優しく染み渡っていく。
「……相変わらず、味は文句のつけようがないわね」
流し込むように食べながら、メイジーはルーズベルトドライブまでの所要時間と、シャワーの時間を逆算し始めていた。
お粥の熱と生姜の刺激が、ネヴァダでの銃撃戦の残響を脳の奥から追い出していく。
「……ルーズベルトドライブまで、今からだと渋滞込みで1時間ってところね」
メイジーは空になった器をシンクに放り込み、手早くシャワーへと向かった。
浴室の鏡に映る自分の体には、あのSFバイクで強引に制動をかけたときの青あざが痛々しく残っている。
下着姿のまま流れるようにクローゼットから引っ張り出したのは、お気に入りのくたびれたレザージャケットと、ICEのバッジ。
「結局、私の休日なんてこんなもんよ」
髪を乱暴にドライヤーで乾かしながら、メジャー114(オレゴン銃規制)の証明書に目を向ける。
ウエストブリッジの曇り空が、窓の外で怪しげに広がり始めている。
美鈴がいない部屋の静寂を跨ぎ、メイジーはヒールを響かせ、鍵をパンツのポケットにねじ込むとアパートのドアを蹴り出すように開けた。




