6-3
「それ食べたい!」
廟を離れた美鈴についてきた少女が屋台を指さし、美鈴は小さくため息をついた。
「……1つ」
「ハイよ、20ドル!」
「20? ……敲竹槓」
QRコードを読み込み、差し出されたパックを受け取った瞬間、油と醤油の香ばしい匂いが立ちのぼる。炒めた麺と焦げ目のついた野菜、大ぶりのチャーシューが顔をのぞかせていた。
湯気の向こうで、少女の輪郭が古い写真のように淡く揺らめいた。
まるで記憶から抜け落ちた何かが、そこに形を保っているかのように。
「どうぞ」
少女は猫のように光る瞳で美鈴を見上げ、無邪気に笑った。
「ありがとう!」
その声は路地の空気をうきうきと跳ねさせた。
「それで、なにか未練が?」
少女は麺を頬張る。その仕草は現世の子どもそのもの。だが、美鈴には背後に滲む別の気配がはっきり視えていた。静かに問いを投げる。
「未練?」
少女は麺をくわえたまま、きょとんとした顔で美鈴を見返した。
「ううん、別に?」
その反応に、美鈴は小さく首を振る。視線を戻し、問いを変える。
「では、なぜとどまっているんです? 移り気な民を……滅ぼすつもりとか」
美鈴の眼差しは、少女のまとう異質な空気を見抜いていた。
だが同時に、それは人間らしい温かみも帯びていた。思わず口をついて出た言葉だった。
「滅ぼす……? そんなこと、考えたこともないよ。私はただ、ここにいるだけ。気づいてくれる人も、ほとんどいなくなったけど」
少女の一言に、美鈴は少し思案しながら狭い空を見上げる。
「祠を建立……いえ、この場合は正式にお帰りいただくのが筋でしょうか。少なくとも、職務上は」
「帰る? そうだね?」
少女が首をかしげ、美鈴は曖昧に笑って視線を落とす。
路地の隅、闇に溶けた毛並みのあいだから、幾つもの瞳がじっと覗いていた。
彼らはきっと、かつて船乗りに連れられてこの大陸へ渡ってきた猫たちの末裔。
今は、ひっそりと見守っているのか、あるいは、見守られているのか……
「ハァ……風を看ながら舵を切るしかなさそうですね」
少女に気づかれぬようスマホを操作しながら、小さくため息を漏らした。




